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2.さあどうしよう?
五十嵐条。
それが、のっぽな兄貴の名前。
だけど悲しいかな、弟分から名前で呼んでもらえることは、滅多にないのだった。
歳の差はたかだか三、四歳程度なのだけれども。弟分にとって、兄貴は兄貴なのだ。
「で、どうするよ」
「どうするって言われましてもですね、兄貴」
「どうしようもねえってか?」
「そっす! 八方塞がりっす!」
栗山千秋。それがこの、小太りな弟分の名前だ。
二人合わせて、イガグリ団! IG団!
と、意味もなくコンビ名をつけていた。漫才コンビを組むわけでもないのに。
暇だったので、千秋はコンビのロゴマークなんか作ってみたりしたものだ。使い古した中古のノートパソコンで。
条曰く、センスがない。どんくさい。画像が粗いだの、散々な言われようだったが、それでも二人にとって心のよりどころではあった。
「むぅ」
条は布団の上にあぐらをかいて座りながら、腕を組んだ。
「……そこら辺に生えてるドクダミの葉っぱでも取って、茶でも作るか」
「あんまり売れないと思うんすがねぇ。あれ、ちゃんと作らないとまずいし」
だいぶ癖の強い飲料であることに違いはない。
「じゃあ、自販機のつり銭忘れでも、しらみ潰しに当たるか」
「全然割りに合わなさそうっすねえ」
どんなに割りの悪い仕事でも、釣り銭忘れよりはマシであろう。
「てめえ! 人の案にケチばっかつけてねえで、なんか考えろよこの野郎!」
「考えてるっすよ! 散々考えてみても全然浮かばなかったから、こうして兄貴に相談してるんじゃないっすか!」
エキサイトする二人。けれど、言い争いはすぐに収まる。
「やめよう。腹が減るだけだ」
「そっすね。やめましょうっす」
エネルギー消費は最低限に抑えよう。そうしなければ、最後の砦である兵糧(=備蓄の米)すら尽きてしまうことだろう。それはすなわち、餓死に繋がる。
――二人は、数年前に出会った。
千秋はそのころ、無職だった。
……自ら望んでそうなったわけでなく、勤めていた会社が倒産してしまったのだ。
彼なりに、懸命に働いた。
労働環境は劣悪で、何度となく心身ともにボロボロになったものだ。
給料は安くて、浪費をしているわけでもないのに貯蓄もロクにできなかった。
気がつけば貯金は底を尽きていて、再就職すらも困難になっていた。
そんなこんなで無職になった千秋は、生きるためには非合法な手段に走るしかないのかと悩みながら、当てもなく、人の気配を感じない廃屋を物色していたものだ。
が、その時。
運悪く野犬の群れに襲われてしまったのだった。
『どしえ~~~~~~~~~~っす!』
やばいとおもった! これシャレにならねっす! 死ぬっす! 噛まれたら狂犬病にでもなるっす! と、そう思った。
恐怖に怯え、必死に逃げていたら、棒を片手に野犬を追っ払い、助けてくれた人がいたのだ。
『大丈夫かっ!? このクソ犬共が! 失せろ! このっ! このっ! 失せろっつってんだよボケがあっ!』
その親切な人が、この兄貴こと、五十嵐条氏なのだった。
丁度、条の方も千秋と似たような境遇にいたので、二人は仲良くなった。話をしているうちに、意気投合したのだ。
こうして、縁もゆかりも無かった二人は、友達になった。
(あの時の恩は、一生忘れねっすよ!)
そして千秋にとって条は、命の恩人なのだ。
なかなか、どうしようもない世の中ではあるけれど、二人は自然と協力し合いながら、このくそったれな世の中を生き抜いてきた。
「俺たちゃ、若い頃は就職氷河期で全然仕事がなくてよ。そんで今になってみたら、どこもかしこも、若いやつしか採らねえってなぁ」
条がため息をつきながら、そう言った。
「ひどい世の中っすよ。まったく。俺達は使い捨ての消耗品じゃねえっす」
二人は決して怠けていたわけではない。いつだって必死にやってきたはずだ。
それなのに、困窮している。一体どうしてこうなった? それもこれも全て、自己責任とかいうふざけた一言で片付けられてしまうのか? そうじゃないだろう! 二人は声を大にして叫びたかった。
「やむを得ないな」
条は、決心した。
生き続けるためには、少々手癖の悪いこともしなきゃならんのかと。
生活保護を受けるとか、そう言った事を考える余裕は、残念ながらその時の二人にはないのだった。
貧困は、人の心から余裕を奪うものだ。
まったく、良い状況ではない。
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