第1章 占い師を辞めなくちゃならなかったんだ。 『運命の糸』

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第1章 占い師を辞めなくちゃならなかったんだ。 『運命の糸』

第1章 占い師を辞めなくちゃならなかったんだ。 --運命の糸-- -------------------------------------------------- 「魔王の倒し方を教えろ。」 「は?」 いやいやいや、魔王ってアレだよね。ボクが生れる前から暴れている魔物たちの親玉だよね。 でで、僕って王都の裏路地で営業しているような、しがない占い師なんだよね。表通りじゃ場所代が高くて、寂びれた裏路地でやっとこさ営業しているんだよ。 どうして、そんな大層な魔物たちの親玉の倒し方を知っているんだよ。 知っているって思うんだよ! ドンッ 拳で机を叩かれる。 机の上の書類がばさりと飛び上がるほどの勢いだけど、なんとかインク瓶が倒れなかったのでセーフ。 「魔王の倒し方だってンだよ。倒し方!知らねぇとは言わせねぇぞ!」 目の前に居るのは勇者様。そう勇者アンクス様だ。 城へと続く盛大な凱旋(がいせん)パレードで、豪華な馬車に乗って手を振っているのを見た事がある。 そして、その後に王宮の前の広場で行われたお『雷鳴の剣』の披露目会で、綺麗な宝飾を付けた立派な剣を使って大きな魔物を黒焦げにしていた。消し炭って本当に風になって消えるんだね。あの時初めて知ったよ。 「あ…うぁ、…し、知らない…です…。」 風になって消えた魔獣の事を思えば、奥歯が笑わないワケが無い。今も自然にカタカタと鳴ってる。やっとの事で振り絞った声も完全に震えていて自分の耳にも遠く聞こえている。もう帰りたい。 ドゴンッ。 「宮廷占い師のババアが、お前のトコに行けって言っていたんだ。何か知ってるんだろ?」 勇者アンクス様の降り下ろしたゲンコツで、上に乗っていた書類ごと机が真っ二つになった。 そりゃ薄い板にボクが脚を付けただけの安っペラい机だけど、人が素手で壊せるような物じゃない。さすが勇者と言われるだけある。これがボクの体のどこかに当たっていたらと思うと寒気がする。 「おいおいアンクス。暴力はやめておけよ。バアさんはコイツに会いに行けって言っていただけじゃないか。んで、ついでにこれを渡せって。」 横から、勇者様より頭一つ背が高くて筋肉質な人が止めに入ってくれた。見覚えのある顔だ…って今度は戦士様だよ。戦士ライダル様だ。 同じ凱旋パレードで勇者様の隣に立っていたのを見た。重そうな鉄鎧を着て大きな諸刃(もろは)の斧を軽々と振り回していた。ボクじゃあの大きな斧は持ち上がらないね。 テンパっていて見えていなかったけど2人の後ろには魔法使いウルセブ様と僧侶モンドラ様も居るじゃないか。なんだよ勇者パーティーが勢ぞろいしているぞ。 なんで表通りから外れた裏路地に、こんな豪華な顔ぶれが集まっているんだよ!普段は人影だってまばらな場所なんだよ。 「止めんじゃねぇよ、ライダル。ババアが会いに行けって言う事は、コイツが魔王の倒し方を知っているんじゃねぇのかよ?オレはさっさと魔王を倒したいんだ。」 「こんな裏路地の占い師がか?ハハッ。宮廷占い師が知らない事をこんな場所で聞けるワケがないだろ。どうせ何か調べるために時間稼ぎをしたかっただけに違いない。」 そうです。言ってください戦士様。心の中で思いながら全力で首を縦に動かす。あ、涙がこぼれた。 「オレの勘違いだって言うのかよ。」 「そうだな、早とちりだろう。渡す物だってこんな汚い棒なんだぜ。渡したらさっさと帰るぞ。」 (きびす)を返す戦士様。だけど帰る時はゼヒとも勇者様も連れて帰ってくださいよ。お願いします。 「待てよ!」 グシャり 勇者様が蹴とばしただけで椅子が潰れた。って、その音はなんだよ!木の椅子が出すような音じゃないよ。 「んじゃなんだ?俺たちはバカヅラ下げて、この泣き虫のために汚い木の棒をこんな場末まで届けに来たってワケか?ああン?」 「そうなるな。良かったなネズミを倒すクエストじゃなくて。お前でも出来る簡単なオツカイだ。」 (あお)らないでください戦士様。ここでの暴力沙汰は困ります。こんな場所だって借りるのに苦労したんだから。もちろん心の中で思うだけで、2人の間に割って入ることなんて出来ないけど。 にらみ合う勇者様と戦士様。 「まぁまぁ、2人とも落ち着いて、こんな所で暴たら近所迷惑です。」 緊迫した2人を僧侶様が止めに入ってくれた。神様ありがとうございます。ボクはもう少し信心深くなりますから、どうか僧侶様が2人を仲良く連れて帰ってくれますように。 「だってよ、コイツが…。」 「もう少し尋問しても良いかも知れませんが、ライダルの言うように、こんな場末の占い師が魔王の倒し方を知っているなんて思えませんよ。アナタは魔王の倒し方を知らない。そうですよね?」 ブンブンブン いきなり話を振られたけど全力で頷く。だって事実だもん。そんなもの知っていてもご飯にならない。 「ほら、彼だってそう言っているじゃないですか。私の力を信じないんですか?」 え、力?もしかして『ギフト』…を使われていたのか?いつの間に。 「他に私達に有用そうな情報は有りますか?」 振り向いた僧侶様は確認するように訪ねてくるけど、魔王も勇者様も王宮占い師も今まで縁のない話ばかりだ。無言で首を横に振る。と言うか全力で振る。 「この棒を知っていますか?」 さっき戦士様が持っていた、ボクの身長より短い木の棒を見せてくる。 どこにでも在りそうな汚い棒に見えるけど、王宮から渡されるような物に全く心当たりは無いから首を横に振る。 「チッ、お前が言うんならそうなんだろう。帰るぞ。」 勇者様は振り向きもしないで消えて行った。 いやいやいや、どんな『ギフト』を使っているんだよ。勇者様のお供の『ギフト』がそんなウソを見分けるだけの訳無いよね。 「ああ、そうだ。アンクスにはああ言いましたが、念のため貴方の名前と住所と所属を教えておいてください。ええ、念のためです。万が一何かあった場合に逃げられると困りますからね。」 そう言ってニッコリ笑う僧侶様の目が座っていて怖い。震える手でギルドカードを差し出すしかできなかった。 「ヒョーリ君。16歳ね。ウィークショの32番地のアパートですか。そして占い師ギルドに所属ですね。信じていますから逃げないでくださいね。まあ、もう会う事も無いかも知れませんが。」 そう言うと、笑顔で汚い棒を投げ飛ばしてきた。 ズドン! ボクが座っていた木の椅子の脚が吹き飛んでいった。 うわぁ、僧侶様って神様にお仕えしている人なんだよね。なんて腕力をしてるんだ。これじゃ僧侶様にだって勝てないよ。 たまらず傾いた椅子から転げ落ちてしまう。 (いま)だに震える体を動かしながらやっとの事で起き上がると、そこにはもう誰も残ってはいなかった。 いったい何がどうなってるんだ? -------------------------------------------------- 次回:小汚い『相棒』
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