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第1資料室
第1章 占い師を辞めなくちゃならなかったんだ。
--第1資料室--
あらすじ:新しい仕事が見つかった。
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「この部屋と隣の部屋。それに向こうの小会議室にも何冊か有るはずよ。まぁ、会議室に有る資料はだいたい分かっているから、そのリストには載っていないと思うんだけどね。」
昨日の約束通りに冒険者ギルドに来たら、受付嬢のソーデスカが一般の冒険者が入って来れない資料室の扉の前まで案内してくれた。
話によると仕事の内容は得意な探し物で、探さなきゃならない場所も部屋は2つに限定されている。その上、1冊ごとに成功報酬も提示された。だから何冊か見つからなくても報酬が支払われる。アパートの部屋代のためにも全部見つける気ではいるけどね。
おまけに食堂に占い屋の看板を置かせてもらえて、お客さんが来たらハイデスネが呼びに来てもらえるという好待遇。少ないとはいえ占いの仕事もやらせてもらえるとは思っていなかった。
「解りました。任せてください。」
ボクは張り切って胸を叩く。
「うふふ。頼もしいわ。それじゃ頼んだわよ。」
「はい。」
(嬉しそうだな。)
ソーデスカがカウンターの仕事に戻るとジルが声をかけてきた。
(そりゃ、得意な探し物だから簡単に終わるさ。それに看板だけだけど、お客さんが捕まえられれば稼ぎも上がる。破格だよ。)
(絶対、ウラが有るって。)
意気揚々と第1資料室の扉を開ける。
そこに広がっていた、惨状。
(あ~あ、やっぱりこんな事だろうと思ったぜ。)
(まぁ、資料室にある資料を探せ、なんて言われればね…。)
背筋を冷汗が流れる。
資料が資料室に有るのは当たり前で、資料が資料室で無くなるのは、資料が資料に埋もれてしまったからで…。広くない第1資料室の窓を塞ぐように、うず高く積み上げられた資料と、高く積み上げすぎて崩れ去った資料と、何度も崩れたのだろう埋もれた資料が広がっていた。
床が見えない。
(と、とりあえず、第2資料室も見てみようぜ。)
(そうだね、コッチにこれだけの資料が有るんだから、向こうは空いてるかも知れない。)
(いや、それは無いと思うぜ。昨日の資料は第2資料室の棚の下に有ったんだぜ。)
(そう言えば…ついでに掘り出したとも言ってたね。)
思った通り、第2書庫も見事に荒れていた。第1書庫の惨状を見て広くしたのか、部屋が広いのでいくらか余裕がある。ほんの少しだけ。
(たぶん、そこの床が見えている場所は、昨日ソーデスカが掘り起こした跡だと思うぜ)
(そっか、確かに彼女が入れそうな跡だね。)
妙に納得しつつ、思ったよりひどい惨状に眩暈を覚える。
(まぁ、資料を探すだけで良いんだろ。始めようぜ。ああああの書からでいいか?)
(頼むよ。)
(ああ、コホン。ああああの書はどこに行った?)
改まるジルの言葉で『失せ物問い』の妖精が囁くと、ああああの書の位置が判る。
判るけど…。
(ダメだ。一番奥の棚の下段に有るみたいだ。)
(まずは、道から作らなきゃダメって事か?)
(そうなるね。)
(開拓かよ!)
本の山を切り崩しながら道を作る様は確かに開拓と言っても良いのかもしれない。
(仕方ない。とりあえず資料を少し廊下に出してしまおう。)
ボクはジルを扉の脇に立てかけて手近な本の山を廊下に運び出す事にした。だけど資料も一抱えもあるとずっしりと重い。
(おいおい、そんな風に運び出しながら分別してたら、いつまで経っても終わらないぜ。)
(占い師の師匠の所で習った時のクセなんだよ。それに、この中にも探している資料が有るかも知れないだろ。多少は整理しておいた方が、後々楽になるかもしれない。)
占いの師匠は自分はズボラなくせに、人に片付けさせる時はきっちり分類させたがった。自分では本棚に片付けないのに、本棚に抜けている個所があると怒るような人だった。
(適当に並べておいても、お前の『ギフト』なら探し出せるだろ?)
(そうかもしれないけど、何となくスッキリしないんだよ。)
(要らない仕事が増えるだけだ。やめておけ。)
ジルには言われたけれど、やるのはボクだ。廊下に運びながら資料を大まかに分類して積むことにする。
(あ~あ、どうなっても知らないぞ。)
(そんなに細かくは分けないよ。どうせ棚に戻すんだから、同じ棚に同じ種類の資料が入るくらいにはしたいんだけどね。)
床に乱雑に広がった資料とは違って、本棚には資料が崩れ落ちて空いてる場所が有る。たぶん返却する人の足場が無くて本棚まで行くのを諦めたのだろう。空いた棚に資料を整理して入れればスッキリ収まるかもしれない。
手も足も無いジルのために、いくつか資料を広げると内容を読んで感想を言ってくれる。この野草はソテーにすると美味しかったとか、魔獣の毛皮の使い道とか、資料庫と廊下を行き来するたびにページをめくるけど、どのページの事も良く知っているようだった。
ジルと喋りながら、廊下に資料を積んで分類すると瞬く間に山になって行く。
動物の資料、魔獣の資料。野草の資料。冒険者の報告書。ギルドの日報。ギルドの収支報告書…。
収支報告書がこんなところに有って良いのだろうか?
独りで黙々とやると辛い単純作業でも、ジルと話していると気がまぎれる。資料を読み飽きれば歌を歌い、話は昨日の夕飯の話になって行く。本当に良くしゃべる棒だ。
「あら、だいぶ廊下に出したのね。進み具合はどう?」
奥の棚への道が出来始めた頃、ソーデスカに声をかけられた。
「まだ1冊も見つかっていないよ。それより今日1日だけで腕がパンパンになりそうだ。」
「ああ、休みながらでも良いよ。でね、ちょっと頼みが有るんだけど。」
「気分転換にもなるからやるよ。」
長い時間、資料庫と廊下を行き来して疲れてきている事も有って、何も考えずに気軽に返事をしてしまった。
「良かった。ヒョーリって文筆ギルドで複写の仕事していたでしょ?これを5枚複写して欲しいんだけど。」
「う…。」
文筆ギルドで受けていて慣れた仕事だから複写をすることは難しい事じゃ無いけれど、廊下に山を作れるほど酷使した腕で細かい文字を書くのはちょっと辛い。
「なによ、やってくれるって言ってたじゃない。お願いよ。そっちの小会議室を使っていいからさ。」
尻込みするボクにソーデスカの口調が怒ったようになってしまう。
「解ったよ。今日はペンなんて持ってきてないから、筆記用具は貸してもらえるんだよね?」
「なによ、仕事道具くらい持ち歩きなさいよ。」
「クビになったって言っただろ。しばらくは文筆ギルドと同じ仕事なんてあると思わなかったよ。」
「仕方ないわね。資料庫の隣が備品室になっているから、そこから出して使って良いわよ。だけど使った分は依頼料から引いとくからね。」
「そんな…。」
「ほら!よろしくね!」
ボクの言い分を聞かずに、ソーデスカは去って行ってしまった。
(災難だな。相棒。)
ジルの言葉もむなしく響く。
気軽に返事したことを後悔することになってしまった。
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次回:乾いた笑いの『小会議室』
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