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追いかけっこ
第1章 占い師を辞めなくちゃならなかったんだ。
--追いかけっこ--
あらすじ:幼女が迷子になった。
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(おいおい、迷子は得意な探し物じゃなかったのかよ。)
(得意だったさ。だけど相手が動いているんだから、しょうがないだろう!)
迷子の探索はボクにとって簡単な事だ。本来ならね。
だけど迷子になっている子供が動き回っていたら、『失せ物問い』の妖精に探しながら聞きなおさなきゃならない。妖精は聞いた時の場所しか教えてくれないからね。こんな時は融通を利かせて見つかる場所を教えてくれれば良いのに。
だいたい他人に聞いてもらわなきゃならなくて、その時の場所しか判らない上に囁いてくれるのは言葉だけなんだから、本当にこの『ギフト』は使い勝手が悪い。妖精が姿を現わして迷子の所まで案内してくれれば簡単なんだ。
すでに日も落ちてしまって暗くなっているから、早く見つけてあげないと人買いにでも捕まったら面倒になる。
苛立ちが抑えられない。
(なんだって動くんだよ!孤児院じゃ迷子になったら動かないように言いつけているんだろ?)
ボクにつられてジルの声も険しくなっている。争っている場合じゃないけど、何であの子は動いてしまうんだ。
(知らないよ!あるいは本人が迷子になったとは思っていないんじゃないか?)
(クソッ、じゃじゃ馬チビスケめ!)
(とりあえず、もう1度頼むよ。)
(仕方ないな、コロアンのガキはどこで迷子になっている?)
迷子の場所を『失せ物問い』の妖精が囁いてくれるけど、ボクが願ったように妖精が現れるなんてしてくれない。
でも良かった。妖精の言う事には、すぐ近くまで来ているみたいだ。
(『不自由な大鷲亭』の近くみたいだ。)
おとといの夜に占いの場所を借りた飯屋だ。ジルと一緒にしばらく居たけど、酒も出しているのでお客さんは少々質が悪い。
(メシ屋かよ!あのガキ腹が減ってんのか?)
(孤児院の夕飯の時間は過ぎているから、お腹が空いていても仕方ないけど、小さな子が行くにしてはちょっと危ないね。)
(チンピラまがいの奴ばかりだったしな。ちょっとした噂話を聞くには丁度良かったんんだが。)
(とりあえず、急ごう。)
ジルを担いで駆け足で路地を2つほど曲がると、ランプの灯りが点いた飯屋が見える。『不自由な大鷲亭』だ。ときどきケンカが起こるその店の中からは上品とは言えない笑い声が聞こえる。
(ジル。もう一度、『失せ物問い』を試したいんだけど。)
お酒が入った大勢の大人たちの間に子供が1人でいるとは考えたくなかった。それに飯屋のお客と揉め事になると今度から場所を借りにくくなるし、ケンカにでもなれば負けるのは目に見えている。できれば店の外に居て欲しい。
(良いぜ、相棒。コロアンのガキはどこで迷子になっている?)
『失せ物問い』の妖精が囁く。
(…中に居るみたいだ。)
(なんだってまた厄介な所に。)
店の外で止まっている理由もないから覚悟を決めて、何度も場所を借りた通い慣れたドアをくぐる。
「いらっしゃい。…ってヒョーリかい。今日も占いに来たのか?」
「こんばんは。ホンマアさん。ここに孤児院のコロアンちゃんが居ませんか?迷子になってるんです。」
「お前すごいな。よくこんな場所に孤児院のガキが居ると思うな。」
飯屋の主人のホンマアさんが呆れた声を出す。確かにお酒の匂いと大人たちの騒ぎ声のするこの場所に子供が居るとは思えない。ホンマアさんの問いかけに一気に不安になってしまう。
「あれ?居ないんですか?」
「いや、多分アレだろ?バーツが居る席だ。」
そう言ってホンマアさんが差したテーブル席の先には、男の隣に座ってご飯を食べているコロアンちゃんが居た。
男はスキンヘッドに擦り切れた革のジャケットを着て、コロアンちゃんに怖い顔で話しかけている。机にはボロボロの曲刀が立てかけられていて、どうみてもゴロツキにしか見えない。ちょっと怖い。
「すみません。この子を探していた者なんですが。」
「あん?」
思いっきり睨まれた。
「ごめんなさい。この子を探しに来たんです。ごめんなさい。」
(言い直すなよ情けねーな。ちゃんとした依頼だろ?胸を張れって!)
ジルに励まされる。
「お前がこの子の親なのか?どういう教育しているんだよ?こんな時間に、こんな場所へ小さい子供を独りで来させるなんてよ!」
怒鳴られた。その顔で怒鳴らないで欲しい。よく見れば右目に爪痕みたいな大きな傷跡があってコワイ。
「あ、迷子探しのオジちゃんだ!やっと見つけた!もう、どこで迷子になっていたの?」
「え?」
バーツと呼ばれた男の隣で、一生懸命にフォークを動かしていたコロアンちゃんが顔を上げて問いかけてくる。あれ?ボクが迷子になっていたの?
「だって、ぜんぜん孤児院に来なくなったじゃない。森に行くって言ってたから、死んだかと思って探してたんだよ。」
コロアンちゃんがフォークを掲げて得意げな笑顔になる。
「ん、なんだ、このチビは孤児院の子か?」
コロアンちゃんの言葉から事情を察してくれたらしく、ゴロツキの顔から怒りの表情が消えてくれた。誤解は解けたみたいで良かった。あの顔で睨まれていると心が折れそうになる。
「ええ、孤児院からの迷子探しの依頼で来たんです。」
ゴロツキの顔は怒っていなくても怖いけど、なるべく平静を装って答える。
「ああ、わりーな、怒鳴っちまって。てっきり普通の家の子だと思ってしまったんだ。」
「いえ、保護してくださっていたんですよね。ありがとうございます。」
よく考えれば、隣に座らせて定食まで食べさせてくれているのだ、良い人なんだろう。
「オジちゃんはね迷子探しが得意なの。でも、お仕事無くって顔色が悪くなっていたの。この前は泥団子しか上げられなかったから、今度はお金を上げようと思って迷子になったの。」
「は?」
「だって、私が迷子になればオジちゃんはお礼にお金がもらえるんでしょ?ぜんぜん孤児院に来ないからオジちゃん探すついでに迷子になってみたー。」
子供の発想がすごい。
「おいおい、だからって~ぇ、夜に暗くなってからぁ、お外を出歩くのは危ないんだぞ~ぅ。怖いオジサンにさらわれてぇ、知らない所に売られちゃうかもしれないんだぞ~ぉ?」
怖い顔のゴロツキが一生懸命な猫なで声でコロアンちゃんを諭してくれる。ほんとうに良い人だったみたいだ。顔は怖いけど。
「すみません。後で孤児院の院長にも伝えて、良く言って聞かせておきます。ありがとうございます。」
「ああ、そうしてくれ。今度は危険な場所に近づかないようにな。」
バーツさんのキリっとして答える声と、さっきまでのコロアンちゃんに語っていた猫なで声とのギャップがひどい。
「あと、コレを。」
定食の代金にちょっと足して渡す。この間の山菜で貰った報酬の最後の残りだ。これを渡してしまえば革袋の中身はまた空になってしまう。
「いや、良いって。オレが食わせたくて与えたものだからな。って、オマエここで占い師やっているヤツか?」
「ええ、探し物が得意な『ギフト』を持っているんで、迷子探しは良く頼まれるんです。人探しは出来ないんですけどね。」
衛兵の時のようにガッカリさせたくないので、人探しが出来ないことは最初に言うようにしている。
「そうか、迷子も探し物なんだな。ちょっと待ってろよ。おう、ホンマア!この定食を土産に包んでやってくれないか?もう孤児院じゃ夕食の時間が過ぎているだろ?ああ、占い師のニーちゃん、悪いけど食器は後から返してもらってきてくれよ。」
ほんとうにカッコイイ、ゴロツキだった。
「こんな子に心配されるほど金がねぇんだろ?」
ボクの分まで奢ってくれた。
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