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ギルド長
第1章 占い師を辞めなくちゃならなかったんだ。
--ギルド長--
あらすじ:犯人はギルド長だった。
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「ギルド長。ソーデスカです。」
「入りなさい。」
凛とした女の人の声がギルド長室から響いた。
「失礼します。」
ソーデスカの後ろについてボクも室内に入っていく。
「何かありましたか?」
仕事机と応接セットが置かれた部屋には1人の女の人が居た。さっきの凛とした声の持ち主だろう。
資料室と同じで机の周りにたくさんの資料を山積みにして知的な顔を歪ませている。この人がギルド長のマッテーナさんなんだろう。
荒くれ者の多い冒険者ギルドをまとめているのが女の人だったのにもびっくりしたけど、それよりも部屋の惨状にもびっくりしている。
(すごいな。絶対に資料室が荒れていたのもコイツが原因だろ?)
(そうかもね。調理室も受付カウンターもここまで荒れていなかったから。)
(なにせ家に27冊も持って帰っている時点でクロ確定だよな。)
ボク達が『小さな内緒話』で話をしている間にもソーデスカがギルド長に話しかけている。
「先日から行っていた資料探しの件について報告と確認が有ります。」
「確認?」
「はい。依頼をしていた、このヒョーリによれば、あのリストに載っていた資料のうちの4冊がこの部屋に有るそうなのですので確認させていただけますか?」
ソーデスカがボクを指さして言う。
「すぐに終わるの?資料室みたいに6日もかけられていては堪らないわ。」
「それはアナタ資料室の床の足の踏み場所もなくしたから、彼が自発的に6日もかけてくれただけよ。」
(ソーデスカも色々仕事を押し付けてくれたけどな。)
ジルのボヤキについつい頷きたくなったけど、今頷くとソーデスカの言葉の足場をなくしたギルド長を非難することになりそうなので、ぐっと我慢する。2人には聞こえていない『小さな内緒話』にはこんな弊害も有ったんだね。
「とにかく、すぐに終わらせますので。やりなさい、ヒョーリ。」
「あ、おい、まだ許可は出してないぞ。」
(空気も悪いし、さっさと終わらせよう。キャベッタの資料はどこに行った?)
リストを覚えていてくれたジルの言葉に『失せ物問い』の妖精が囁く。
女の人同士の争いには巻き込まれたくないので、手早く資料を掘り起こしたいけど、こういう時に限って一番下に埋まっていたりするのは止めて欲しい。でも、たった4冊だったのですぐに見つける事ができた。
「これで、証明されましたね。」
ソーデスカが怖い笑顔になる。
「何がよ?」
「2つあります。1つは資料が無くなることの原因がアナタに有る事。もう1つは見つかっていない資料がまだ27冊あるんですが、ヒョーリによればアナタの家に有るとの事です。探させていただけますか?」
「家をか!?そんなのダメに決まっている。」
「なら、衛兵に盗難届を出すまでです。犯人をアナタにしてね。」
「くっ。」
「今見て貰った通り、ヒョーリの探し物の『ギフト』は的確に失くした物を見つけてくれます。どうですか?見つかっていない物には重要なモノが多数含まれています。オニセンの書とか重要なのがね。」
「わかった。時間をかけないのなら良いだろう。そいつ1人だけを連れていく。」
「もうひとつ。今回のヒョーリへの報酬を私が私費で出していたのですけど、アナタの財布からに変えてくれますよね?」
ソーデスカの笑顔がますます深くなる。コワイヤツだ。
「27冊すべてが見つかったらそうしてやる。」
「約束ですよ。ヒョーリ、解かっているわね。」
ヒィィィ。その笑顔をコッチに向けないで!
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ギルド長の家は冒険者ギルドから近い場所に有った。
マッテーナさんについて家の中に入ると、案内された鎧戸の閉まった部屋は予想通り荒れていた。外観は普通の家よりきれいに見えるのに。
「今日は旦那が居ないけど、仕事でも男が入ったってバレると面倒になるから、さっさと探してちょうだい。」
「あ、はい。」
旦那さんの帰って来る前に探さなきゃならないので、時間をかける事は出来ないみたいだ。もしかすると旦那さんが怖い人なのかもしれない。美人のマッテーナさんが荒くれ者の多い冒険者ギルドをまとめられているのも、怖い旦那さんが後ろについているからとか、あり得そうで怖い。
(手の届くところに有れば、すぐに終わるんだけどな。)
(まあ、そんな事を言ってないで試してみようよ。)
荒れた部屋から27冊も探さなきゃならないので何冊かは掘り起こす事になってしまうだろう。
「ほら、ボケっとしてないでさっさとする!」
ジルと話していたのだけど、マッテーナさんにはジルと話している言葉は聞こえていないので、ボクが部屋を見ながらボヤっとしているように見えたのだろう。
(一言しか話していないだろう。気が短いな。)
(周りからしたら何もしていないように見えるんだよ。ほら、モロリンの資料からお願い。)
リストを取り出して、『マ』と印が付いたものを選んでジルに頼む。マッテーナさんの『マ』だ。
(仕方ないな、モロリンの資料はマッテーナがどこに失くした?)
ジルの言葉に『失せ物問い』の妖精が囁く。少し奥にあるから、やっぱり掘り出さなきゃならない。
鎧戸を締め切った暗い部屋に魔法のランプの灯りを点けるとジルを立てかけて荷物を横にどかしていく。灯りに照らされた室内は、資料室というよりは倉庫といったようで色々な荷物が置いてある。
戦槌にザル、大きな壺に刺さった矢の束。冒険に使うものから料理や保存食を作るときの道具。掃除用具もごちゃまぜにして入っている。
「ほら、ソコ!足元!踏まないで!」
(うるさい奴だな。自分は何もしていないくせに。)
「すみません。早く終わらせるためにも向こう側を通れるようにしておいてくれると、ありがたいのですが。」
「何で私がそんな事をしなきゃならないんだ?」
(チッ、邪魔だから居なくなって欲しいんだよ。)
「旦那さんが帰って来る前に終わらせたいんですよね?手が届くようならギルド長室で見てもらったように、すぐに終わるんですよ。」
怒られないように手を動かしながら答えるけど、この状況を作った本人だから、あんまり当てにはしていない。ジルの言う通り厄介払いができれば上々だ。
本の下から空になった酒瓶が出てきた。
よく見ると、それは1本だけじゃなくて、見えるだけで10本以上ある。
(なんで、こんな所にたくさんの酒瓶が有るんだよ。)
(知らないよ。お酒でも飲みながら仕事でもしていたんじゃないかな。)
資料ばかりの資料室よりも1つ1つの物が大きくて移動させやすかったので、思ったより時間をかけずに27冊の資料を取り出すことが出来た。整理もしなかったしね。
「本当に27冊、全部有ったのか…。」
「すべて冒険者ギルドの資料室に戻して良いですよね?」
「ああ、頼んだ。」
呆然とするギルド長を置いて冒険者ギルドに帰る事にした。後はマッテーナさんとソーデスカの話し合いになるだろう。
(ケッ、ザマァ無いぜ。)
ジルの言葉にさっきの酒瓶を思い出し、少しモヤっとした。
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次回:ギルド長の『飼い犬』
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