飼い犬

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第1章 占い師を辞めなくちゃならなかったんだ。 --飼い犬-- あらすじ:ギルド長の家で最後の資料まで見つけた。 -------------------------------------------------- 「ふふ、ふははっ、は~っはっはっは。」 ソーデスカが大きな声で笑う。楽しそうで何よりだ。もちろんギルド長であるマッテーナさんに謝罪させてボクへの報酬を支払わせることができたので勝ち誇っているんだ。 「本人の前でそんなに笑わないでよ。ソーデスカ。」 「うふふ、いやね。こんなに綺麗にハマると嬉しくなってね。どう?前に言ったようにヒョーリを雇わない?私達の仕事時間は短くなっているし、アーノネネが素早く資料を持ってくればアナタの帰宅時間も早くなるんじゃない?」 前に言っていた冒険者ギルドへの就職の話をふたたび持ち出して来てくれた。ありがたいけど迷惑だけどありがたい。複雑な気分になる。就職できればお金の心配をしなくて済むけど、占い師の仕事ができなくなってしまう。 「だから言ったでしょう。今の予算じゃこれ以上の人手は増やせないから今の人数でどうにかやりくりしていかなければいけないわ。」 「でも、実際に時間は短くなっているから私達の残業代は減っているのでしょう?」 「それなら査定か解体の人手を増やしているわよ。あちらの方の要望はずっと前から出ているしね。それに資料室は1度整理すればしばらくは資料探しが楽になるハズでしょ?」 「確かに楽にはなるけど…。」 「アナタの仕事も手伝ってもらえるものね、ソーデスカ。知っているのよ、ヒョーリに仕事を押し付けていたことくらい。」 5日もの間に頻繁にギルドのカウンターに入ってあれやこれやと手伝っていれば、マッテーナさんの目にも止まるよね。ギルド長が知らなかったと言う方が無理があると思う。 「あ、あれは時間的に手がいっぱいだったからで、逆に人手不足の証明になると思いますけど。」 「でも、いつもより早く帰れていたわよね?ヒョーリ君に回した仕事を今まで残業でこなしていたのだから。」 「残業でやっていたのは仕方なくよ。目の前に本人が居る時間に書類を作り上げてしまえば間違いも少なくて済むし、後から確認する手間も省けるわ。」 必死でソーデスカが言い訳をする。 「まぁ細かい違いなんて良いわよ。どうせ無い袖は振れないのだから新しく雇うことなんてできない。だから違う方法を用意したわよ。」 「違う方法?」 「冒険者ギルドとして資料室整理の依頼を出すことを許可するのよ。定期的に資料室を整理すれば、ヒョーリ君が居なくても資料を探す手間は少なくなるわよね。」 「ヒョーリが居る時よりは遅くなるけど、今までよりは早いわね。」 「それで良くって?」 「まぁ、良いわ。今はとりあえず棚に突っ込んだ状態だから、もう少し使いやすくなるように依頼を出すわよ。」 「わかったわ。それでいいわね。ヒョーリ君。」 ギルド長がボクの意志を聞いてくるけど、いつの間にかボクの意志とは関係なく勝手に決まっている気がする。 (どうするんだよ?ここで働くとソーデスカ達にコキ使われると思うぜ。) (そうだよね。いつ仕事が来るか判ったものじゃないし、整理だけならボクじゃなくても良い訳だしね。) きっと資料整理をしに来たついでにソーデスカの仕事も手伝わされるに違いない。 「良いわよね!?」 ギルド長の怒鳴り気味の声が返事を急がせる。 「え、あ、は…」 (ちょっと待てよ!このまま良いように使われるつもりか!?) マッテーナさんの強い言葉に肯定の返事を返しそうになったボクを、ジルの言葉が止めてくれる。助かった。 「いえ、整理だけならボクじゃなくても良いですよね?ボクも早く新しい仕事を見つけないと書類整理だけだと食べて行けそうにないですから。」 「断るの?」 ひぃぃぃぃ。冷たい視線がボクに突き刺さって、意志がくじけそうになる。 (断れ!断れ!脅すようなヤツの依頼なんて断っちまえ!) 外からの圧力と、ジルの内面からの圧力で頭がパニックになっていく。 「今の続きの資料整理だけなら…やりかけの今の状況は一番知っているし、ボクがやる方が早いと思うのでやります。でも、その後は誰でも出来る仕事だと思うので、次の依頼からは期待しないで下さい。」 何とか頭を振り絞って折衷案(せっちゅうあん)を考えた。 (結局やるのかよ。優柔不断だな。) (仕方ないだろ。怖いし、当てがない仕事よりお金になるんだよ。) しばらくはご飯に有り付けるだろうけど、家賃を…いや、その後も定期的にご飯代を稼がなきゃならない。資料整理も定期的にあるかもしれないけど半年とか1年とかに1回も有れば済むよね。文筆ギルドから受けていた仕事くらいに量が無いと心もとない。 マッテーナさんの散らかしようが酷くて毎日仕事が有れば良いのだけど…それはそれで心が折れそうな気がする。 「ひとつ、問題があるわ。」 これ以上は巻き込まれたくないのにソーデスカが口をはさむ。 「ヒョーリじゃないとマッテーナの家に有る資料が見つけられないわ。それとも、ちゃんと資料を返してもらえるのかしら?マッテーナ。」 「無理だな。」 簡単にあきらめるマッテーナさん。そんなに早く諦めないでよギルド長! 「即断ね。さすが疾風(ハヤテ)のマッテーナ。」 それは2ツ名ですか?今使うものですか? 「27冊の本のうち何冊かは返したつもりになっていたし、私が把握していたのはせいぜい5冊よ。」 「知っていたのねマッテーナ。それならちゃんと返却くらいしておきなさいよ。」 「5冊だと思っていたから賭けに乗ったのよ。27冊もあるワケ無いと思うじゃない。そうね、ヒョーリの新しい仕事を作れば良いのよね?なんだ、簡単な事じゃない。」 そう言って、ギルド長はニヤリと(わら)った。 ボクの意見も聞いて欲しかった。 -------------------------------------------------- 「やあ!ヒョーリ。ギルド長の飼い犬になった気分はどうだい?」 ソーデスカが笑う。 マッテーナさんがボクに新しい仕事を与えてくれてから、いくらかの時間が過ぎたけど、いまだに犬扱いはどうかと思う。ソーデスカによればマッテーナさんの指示でお金を取ってくるボクは犬のように見えるらしい。 「犬じゃないよ。ひどい言いようだね。で、今日も依頼が来ている?」 「あるわよ。今日の依頼主は彫金師ギルドのコレクダで、大急ぎだって。」 「彫金師ギルド?今度は何を探しているの?」 いくつかのギルドに行ったけど、彫金師ギルドは初めてだ。 良くあるのは錬金術ギルドや薬剤師ギルドで、埋もれてしまったレシピなんかを探すことが多い。資料と言っても数枚で収まってしまって、昔書かれたレシピがどこに行ったか判らなくなることがよくあるそうだ。 「なんでも、3代前に作ったアクセサリーの設計図だそうよ。修理の依頼が来てるけど解らない部分が有るんだって。」 「アクセサリーなら適当に埋めれば良いのにね。」 どんなアクセサリーか知らないけど、元通りにしなくてもキレイに飾れれば問題ないように思うのだけど。 「貴族相手で肖像画にも残っているから、きちんと直さないといけないみたいなのよ。ついでに資料室の整理もお願いされているわよ。」 ギルド長マッテーナさんの考えた仕事は、冒険者ギルドでしていた事と変わらなかった。つまり資料を探す事と資料室の整理ついでに事務の手伝い。ただ、マッテーナさんのコネを生かして他のギルドにまで宣伝してくれたので冒険者ギルド以外の資料室も範囲に含まれてしまった。 多くのギルドから依頼が来て紹介料がマッテーナさん個人の懐に入る。だけど冒険者ギルドのソーデスカには依頼の処理と言う仕事が増やされるだけだから、犬と呼ばれてしまうんだ。 でも新しい仕事が出来た。その分、今までみたいな路地裏での占い師の仕事は出来なくなっていくけど。 天職みたいだし、しばらくは家賃が払えそうだ。 -------------------------------------------------- 次回:急ぎの仕事の『彫金師ギルド』
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