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彫金師ギルド
第1章 占い師を辞めなくちゃならなかったんだ。
--彫金師ギルド--
あらすじ:新しい仕事が出来た。
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「こんにちは、冒険者ギルドから派遣されたヒョーリと言います。コレクダさんはいらっしゃいますか?」
彫金師ギルドの受付で挨拶をすると、しばらくして丸っと太った男が出てきた。彫金師ギルドの人物だと言うからもっとアクセサリーを付けているかと思ったけど、彼は全く金属を身に着けていなかった。彫金師はアクセサリーを作ることを生業にしている人たちだから、普段から身に付けているのかと思っていた。
「ああ、キミがヒョーリ君か。待ってたよ。私がコレクダだ。」
「ヒョーリです。よろしくお願いします。」
上品な髭を右上がりにさせて握手を求めてきたので手を差し出すと、柔らかく暖かい手に包まれる。
「急がせて悪いが、こっちに来てくれ。納期まで時間が無いんだ。」
「ええ、お願いします。」
ソーデスカにも貴族からの依頼で大急ぎだと言われている。ボクも貴族相手の面倒ごとになる前に終わらせたいと思うし、挨拶もそこそこに急ぎ足で歩くコレクダさんの後ろに着いて廊下を進んでいると、不意にドアが開かれた。
ドスン。
「ああ、すみません。」
「何やっているんだ!アレクダ!」
「いえ、こちらこそ避けられなくてすみません。」
ドアからはひょろっとした細い男の人がワゴンを押して出てきたようだ。ワゴンの上には彫金に使用するのか、変わった形の工具や見た事もない刃物、それに色々な金属や宝石が乗っていた。ぶつかった拍子にワゴンの上に乗っていた物もこぼれている。
「お怪我は無いですか?」
「ええ、そんなに強くぶつかったわけでも無いので大丈夫です。それよりワゴンの方は?」
コレクダさんが気遣ってくれるけど、ボクとしてはぶつかってしまったワゴンの方が気になる。高い宝石とか落としていたらどうしよう。
「いや、気にしなくて良いですよ。それより、資料室の方へ。アレクダ、後で行くから待ってろよ。」
コレクダさんがワゴンを押していたひょろっと細い人を睨んで廊下を進んでいく。案内された資料室は、冒険者ギルドのとは違って棚にちゃんと収められている。いや、こっちの方が普通なんだけど。
「それで、探して欲しいのは祖父がソンオリィーニ子爵家のために作った首飾りの設計図なのですが。見付かるでしょうか?」
『失せ物問い』の妖精が囁く。
「ちょっと待ってください。」
迷うことなく資料室の一角を目指して、棚にある1冊の本を取り出すと、本の間から1枚の図面が出てきた。挟んでいたページも関係あるかもしれないので開いたままにしておくことにした。
「これですか?」
「おお、すごい!こんなにあっさり見つけてくれるなんて!マッテーナ女史の誇大広告かと思っていましたが、本当にすごいですね。」
図面を確認したコレクダさんが喜ぶ。挟んであるページには図面と同じ植物の絵が描かれていたりするから、参考にするついでに挟んでそのままにしていたのかもしれない。資料室のどこかの本に挟んだ1枚の図面を探すなんて普通だったら面倒な事だろう。
「いえ、見つける事しか能がないので、使い勝手が悪い『ギフト』ですよ。」
「いやいや、本当に助かった。」
本当に嬉しそうな顔をしてくれると、ボクも嬉しくなる。
「この本は元に戻しても良いですか?挟んでいたページにも何か関係があるかもしれませんよ。」
図面と同じ植物が描かれているし、まったく関係ない本の関係ないページにに挟んでいるなんて事もないだろう。後は、コレクダさんが判断してくれれば良い。
「念のため、そのまま受け取らせてください。」
「それと、資料整理を残りの夕方までの時間でやりますが、何か要望は有りますか?」
部外者のボクが初めて来たギルドで半日でできる整理なんてタカが知れている。出しっぱなしにしてある資料を片付けたり、少々並べ替えたりが関の山だ。
「今みたいに本に挟んである図面やメモを探すことは出来るかね?」
「1冊ずつ本を見ていくことになりますので、時間内に全部探しきれるか判りませんが、それでよろしければやりますよ。」
「簡単にパパっと抜くコトは出来ないのかね?」
「特定された1つの物を探すのは得意なんですが、不特定な多数を探すには向いていないんですよ。」
『失せ物問い』の妖精に探してもらうにしても、せめて本の名前くらいは判らないと聞きようがないからね。
「そうか、まあコイツが見つかっただけでもありがたい。」
そう言うと図面を大事そうになでる。よっぽど大切だったのか、貴族が怖かったのか。たぶん貴族が怖かったんじゃないかな。お得意様になれれば大金が動く仕事になるだろうけど、その分厄介な事にも巻き込まれやすいと聞いた事もある。
「では、中に何か挟んである本を半分抜き出す形にしておきますよ。」
全部抜くと戻す時に大変そうだし、半分抜いておけば中身を確認してすぐに差し戻すことができるだろう。数が多くて面倒ならそのまま押し込んでしまえば元通りだ。
「そうだな、そうすれば後でチェックした後に元に戻しやすいかもな。それで頼むよ。」
そう言うと、コレクダさんは資料室を出て行った。これで今日の仕事は終わったも同然だ。後はゆっくりと本をチェックしていけば良いし、途中までしか終わっていなくても問題もなさそうだし、楽勝だね。
(この資料室はきちんと並んでいるな。)
コレクダさんが居なくなってジルが声をかけてくる。冒険者ギルドの惨状に比べればどこの資料室だって綺麗に見えるに違いないけど、彫金師ギルドの棚は種類ごとに分類されていて順番に並べられている。
(そうだね。ほとんど整理する必要が無くて助かるよ。)
(何か面白い資料無いかな。)
(やめておけよ。機密だって混じっているんだから、何か有れば信用にかかわるぞ。)
実際のところ図面だって機密のひとつだからホイホイ見せるものじゃ無いし、依頼されるときに守秘義務を守るように書かれている。見る人によってはお金に変わる金の卵になったりするそうだ。ボクが見てもさっぱり解らないのだけど。
(バレなきゃ大丈夫だって。どうせ貴金属の設計図とか、宝石のカットの仕方とかそんな物しかないだろうがな。)
(冒険者ギルドだと決算報告書とか、やばそうな手紙とか混じっていたからね。)
(あっちで使えそうな物は無かったけどな。)
どうも噂好きなのか盗聴が出来るような『ギフト』のせいなのか、ジルは『裏の情報』みたいなものが好きらしい。知ったとしても使い道なんか無いと思うんだけど。
整理を始める前に、さらっと棚の内容を確認すると、年代別に資料が並んでいるみたいだ。さっそく古い順から始めようと1番左上の資料に手を伸ばす。
バタン。
(なんだ、ここも冒険者ギルドみたいに慌て者が多いんだな。)
(きっとアーノネネみたいな人が居るんだよ。)
秘書みたいな事もしているアーノネネはいつもマッテーナさんに急かされているみたいだ。ボクが資料探しを手伝うととても喜んでいたし、何より回数が多かった。どこでも似たような人が居るものだと扉を振り返ってみると、そこには血相を変えたコレクダさんが立っていた。
「すみません。さっきワゴンとぶつかった時に宝石を落としたみたいなんですが、ご存じありませんか?」
(チャンスだぜ、相棒。せっかくだからボーナスをもらおうぜ。)
「いえ、気が付きませんでしたが。」
『失せ物問い』の妖精が囁いているので、すでにコレクダさんの言っている宝石の落ちている場所は判っている。だけど素知らぬ顔で話を続ける事にする。判っているってバレると聞き出されて終わりになりそうだからね。
「服とかに挟まったりしていませんか?」
念のために服を点検するフリをする。無い事は当然知っている。
「無いですね。よろしければ占いますよ。図面と同じように探せると思います。」
「おお!ありがたい。特殊な宝石で少しばかり小さいんですよ。」
「別料金でも良いですか?冒険者ギルドで発注するのと同じ値段で良いですよ。」
冒険者ギルドを仲介するとマッテーナさんに中抜きされるので、個別で受注した方がボクとしては儲けが大きくなる。だけど冒険者ギルドというか、マッテーナさんを通さないとお客さんの数が減るし、何より機密のある資料室に入るだけの信用が得られない。
毎回やるとマッテーナさんに怒られそうだけど、たまにはボーナスが有っても良いよね。
「見つかるなら、もちろんです。」
「特徴を教えて貰っても良いですか?」
「濃い緑色の宝石で、中にちょっと特殊な魔法陣が入っているんです。」
「そうですね、先ほどぶつかった場所がアレクダさんの研究室ですか?」
『失せ物問い』の妖精はアレクダさんの研究室と囁いていた。ぶつかった人の事をアレクダと呼んでいたので間違いないだろう。
「そうです。ここに来る前に部屋を調べてきたんですが見つかりませんでしたよ。」
「いえ、間違いなく研究室に有りますね。中に入れて貰っても良いですか?」
「仕方ないですが、研究中の物の中には極秘の物もあります。他言無用でお願いします。」
「ここの資料の事と同じように、冒険者ギルドの規則に従って他言無用にしますよ。ご安心ください。」
その言葉で安心したのか、速足でアレクダさんの研究室に案内してくれた。几帳面に整理された部屋をさっと見渡して『失せ物問い』の妖精が囁いた場所を探してみる。部屋の奥の棚に置かれた宝石箱の横。ぶつかったドアから1部屋分も飛んだ事になる。
今日は1つ上のランクの夕飯が食べられそうだ。
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次回:楽しい『追加業務』
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