子爵家

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子爵家

第1章 占い師を辞めなくちゃならなかったんだ。 --子爵家— あらすじ:ステーキに釣られて厄介な話に巻き込まれた。 -------------------------------------------------- 「ようこそ来てくれた。天才占い師くん。」 彫金師ギルドのコレクダさんの紹介でソンオリィーニ子爵家に来た。貴族だ。目の前に居るのはアシンハラ・アド・ソンオリィーニ子爵様。当主自らのお出ましだった。 コレクダさんが大慌てで宝石の図面を探していたし、依頼の前にお詫びとしてステーキをオゴってくれるほど面倒な相手らしいから、ジルと相談して冒険者ギルド経由の話にしてきたし、少しだけだけど噂話も仕入れてきた。 噂話によると、最近、新しい当主になってちょっとばかり庶民に横暴な態度を取りやすかったり、散財が激しくて資金難になっていたりと、ロクな話が聞けなかった。もう少ししっかりした話を聞きたかったけど、街の飯屋程度の噂話じゃ限界があるよね。ほとんどはマッテーナさんが教えてくれたし。 目の前に居る子爵様はボクより少しばかりしか年上みたいだけど、とても偉そうだ。いきなり天才占い師なんて言われても、自分が貧乏占い師だって知っているからピンと来ないし、見下されている感じしかしない。慇懃無礼(いんぎんぶれい)ってこういう事かな。 「お会いできて光栄です。子爵様。物探ししか出来ないですが、精いっぱい頑張ります。」 「チッ。せっかく持ち上げてやったんだ。少しくらいノってきたまえ。」 いきなり不機嫌になる子爵様。天才とは程遠いと謙遜(けんそん)したつもりだったけど、気に入らなかったらしい。でも、初対面で舌打ちは無いよね。 (せっかく謙遜したのにな。でも、任せておけって言ってたら、きっと違うイヤミを言われた上で無理難題を押し付けられていただろから、落ち込むなよ、相棒。) ボクの心情を読み取ったかのようなジルの言葉で(うつむ)かないで済む。本当に心強い相棒だ。 「申し訳ありません。貴族様相手の作法を身に着けるような生活をしていませんでして。」 少しくらいは占いの師匠に教えて貰ったことがあるけれど、実践するような相手も居なかったし、何より平謝りしていた方が良さそうだ。 「だから汚い棒に布切れの占い師の看板をぶら下げているのか。身なりも汚いしな。」 新しいボクの服なんて用意できなかったから擦り切れてボロボロなのも、ジルが汚い棒なのも本当だけど、人に言われると腹が立つ。 (おいおい、落ち着けよ。相棒。オレの事はどういわれたってかまわないんだからな。) 他の人と話している時には、ほとんど口をはさんでこないジルが、今日はやけに口をはさんでくる。それくらいボクの気持ちが外に漏れているのだろうか。気を付けようと小さく深呼吸する。 「それで、本日はどのようなご用件でしょう?」 「フン。後はヒダリィに聞け。」 言い捨てるとソンオリィーニ子爵は行ってしまった。いや、まったく何で気分を悪くしたのか全く分からない。ぽかんと取り残されるボクと相棒にヒダリィと呼ばれた執事風の男が続けた。 「お呼び立てして申し訳ありません。」 (呼んだことより自分の主人の無礼を謝るべきだろう。) ジルが腹を立てているけど気持ちはよくわかる。本当に何しに出てきたのだろう? (まぁ、お貴族様だし。) 子爵様が居なくなって少し落ち着いた気がする。ジルが怒るのも解るけど、さっさと仕事を終わらせて帰りたい気持ちでいっぱいだ。 それにしても、ヒダリィさんには聞こえないことを良いことに好き勝手に言えるけど、『小さな内緒話』に慣れ過ぎたら要らない所でぽろっと本音が漏れてしまいそうだ。ジルに話しているつもりで本人の悪口を言ってしまったら気まずいよね。 「それで、探していただきたいのは我が家の隠し財産になります。」 (おっほぉ~。良いね。それは面白そうだ。) 『小さな内緒話』なのにジルの声が大きくなる。彫金師ギルドでの宝石探しも好きだったみたいだし、ジルはお宝を見るのが好きなのだろう。だけど、隠し財産なんて見ず知らずのボクにホイホイと教えて良い物だろうか? 「それは、ボクが関与しても良いような話なのですか?」 どんな目的で隠したか解らないけど、例えば税金対策で隠したとか悪い商売の売り上げを隠してたとか、法律に触れるような物だったら見つけた後にどんなことになるかわかったもんじゃない。それこそ、見つけて用済みになったボクを殺してしまう事だってあるかもしれない。 それに今のヒダリィさんの『隠し財産を探している。』という言葉で『失せ物問い』の妖精が不思議な事を囁いていたので気をつけておこう。 「大丈夫ですよ。見つからなければ財産なんて有っても無くても同じですからね。」 (おいおい、注意しろよ。本質をずらしてきた。) ジルの言う通りヒダリィさんはボクの問いにちゃんと答えていない。見付からなければ同じと言うけれど、見付かったらどうなるか解らないので、もう一度聞き直した。 「その隠し財産が見つかったとして、ボクが無事でいられる物なんですか?」 隠し財産を見つけた後に用済みになったボクを口止めとして殺すかもしれない。 「ああ、そういう話でしたか。まっとうなお金ですよ。3代前様が家の者たちに見つからないように隠しただけですから。」 いや、それだって十分不穏なお金だと思うけど。なんで家の人に見つからないように隠したのか判らないけど、隠された家の人たちが血ナマコになって探す様子しか思いつかないから、十分なお家騒動になっていたんじゃないかな。 「身の安全を保障してください。お約束いただければお手伝いしましょう。」 もし法律を犯すような薄暗い財宝じゃ無かったとしても、相続問題で子爵様や周りの人達が怒り出してボクが巻き添えを食うのはごめんだからね。 「そんなに気を張らなくても大丈夫ですよ。すでにご当主様以外の相続者は居ませんから問題など起こるはずもありません。」 (いやいや、また問題をすり替えているぜ。安全を保障していないじゃないか。) 「安全をお約束ください。」 念のために、もう1度確認する。 「しつこいな。とっととやれよ!」 今まで穏やかだったヒダリィさんが怖い顔で怒りだした。 「いや…。」 「分かった。今すぐ死にたいんだね?」 貴族だったら庶民相手に何やっても良いという事はなく、殺されれば問題にはなるけど、それもボクが生きていればなんだよね。 ボクが子爵家に来ている事を知っているマッテーナさんやコレクダさんが抗議してくれるかも知れないけど、死んでしまったらロクな証拠も出ないで闇に(ほうむ)られるかもしれない。一般の人間が子爵家の中を捜査するなんて、どう考えても無理だもの。 (やれやれダぜ。今すぐ死ぬか。後から死ぬかの違いか。傲慢(ごうまん)な貴族ってヤツだな。) (そんな悠長(ゆうちょう)なことを言ってないで…。) とは、言うものの何もアイデアが浮かばないし、今死んでしまっては何もできない。 「わかったから、その財宝の特徴とか教えてください。」 ボクは観念してヒダリィさんに答えるしかなかった。 「分かってくれて嬉しいよ。財宝と言うのは、このあいだキミが彫金師ギルドで探した図面が有るだろう。その図面を元に直したネックレスが示す財宝を探して欲しい。」 ネックレスには謎の言葉と魔法陣が書いてあって、それを解くと問題の隠し財宝が見つけられるらしい。でも、ボクにはそんな事関係ない。すでに『失せ物問い』の妖精が囁いて財宝の位置を場所を教えてくれている。 だけど、身の安全を確保するための方法を思いつくかもしれないし、もう少し引き延ばして話を聞いてみたい。 「ああ、この間の。コレクダさんの依頼で設計図を探したものですよね。それに、この宝石はあの時アレクダさんが扱っていたのを見ました。」 引き延ばしを考えてみたけど、特に話題になるような話を思いつけなかった。まぁ、アレクダさんが宝石を無くしてしまった事まで言う必要も無いよね。 「そうだ。その時の話を聞いてキミを呼び出したんだよ。図面が無くなったからと、ごねるコレクダが急に手のひらを返したから、不思議に思って聞いてみたらキミの話が上がったのさ。探し物が得意なんだろう?」 「それで、ボクが呼ばれた訳ですか。」 「ああ、ネックレスの謎解きなんて面倒だから、よろしく頼むよ。」 「財宝ってどんなものか判っているんですか?」 「詮索(せんさく)は良くないよ。さっさとやってくれるかな。」 (やりすぎだぜ、相棒。) どうやらリミットらしい。何も良い方法もなんて思いつかなかったけど、ヒダリィさんは気が短そうだったし、これ以上は暴力が飛んでくるかもしれない。 後の安全は(あきら)めて、今の安全を取った方が良さそううだ。 -------------------------------------------------- 次回:子爵家の『お宝』
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