階段の下

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階段の下

第1章 占い師を辞めなくちゃならなかったんだ。 --階段の下-- あらすじ:子爵様が激オコ。 -------------------------------------------------- 「待て!」 いやいやいや、待てと言われて待てないよ。殺されるよ。 広い廊下を走って階段を滑り降りると、さっき見つけていた階段の下の陰に滑り込む。 「ちくしょう!どこに行った!見つけ出せ!」 「はっ!」 子爵様とヒダリィさんの声が聞こえる。 (お~こわ。) (逃げる場所を見つけておいて助かったよ。ありがとう相棒。) (なんの、なんの。だが、すぐに見つかるからさっさと移動するぞ。) (なんで?しばらくココに居れば良いんじゃない?) (見失った場所の近くの最大の隠れ場所を探さないヤツなんて居ないだろう?) (そうかな?) (そうだよ。今は逃げたと思われているから成功しているだけだ。) (そうなんだ。じゃぁ、次はどこに行く。) この屋敷は広い。けど、人数を連れて探されれば、すぐに見つかってしまうだろう。 (まぁ、シンプルにさっきの部屋に戻るかなぁ。) (さっきの部屋に?子爵様が戻って来るんじゃないか?) (だからこそ他の奴は探せないさ。あの部屋には応接セットと書斎机が有ったからあの部屋は書斎として使われていたモノだろう。その部屋のドアの先にあるのは私室か資料庫だろう。私室なら面倒だが、資料室なら放蕩するような奴が入って来るとは思えない。良い隠れ場になるさ。) (そんな物かな。でも、上手く隠れたとしても…。) (いいから、さっさと行くぞ!そろそろ玄関に到着して逃げられた事に気が付く頃だ。家探しが始まるぞ。) 追い立てるジルの言葉に素直に従う事にした。ここで子爵様に見つかったら殺されそうな勢いだったしね。 (わかったよ。) (ああ、出る前にオレの頭を小指の先ほど出すことを忘れるな。) (なんで?) (オマエが顔を出すより目立たないで外の状況が確認できるからな。) ジルの言葉に従って、棒の先端を少しだけ布の間から差し出す。 (オッケー、誰もいないぜ。後は死角になりそうな場所で同じことを繰り返すだけだ。) 階段の踊り場、階段の上、廊下に出る所。見通しが立たない場所で先端を少しだけ出すとジルには視界が出来るらしく、安全に先に進むことが出来た。 相手からは棒の先が小指の先ほど見えたって気づきにくい。忍んで歩くには便利な方法だ。 幸いにして誰とも出会わずに先ほどの部屋に戻れた。ジルに言われたように扉が有って、潜り込むと埃の匂いがする資料室になっていた。 (くはっ、汚ねぇな。掃除もしてないのかよ。) (その方が良いんじゃない。ゴホっ、それだけ人が来ないって事だし。) 『小さな内緒話』のおかげで口を開けずに答えられるのだけど、空気が悪いからか少し咳が出そうだ。 (咳き込むのだけは止めろよ。隣の部屋にはまだ誰もいないが、音を立てるのはマズいぜ。) 慌てて口の中に魔法で水を作り出して飲み込むと少しスッキリした。顔の周りに風の魔法をかけたかったが、閉じられた部屋なので使わないでガマンする。師匠の家で余計に埃が舞ってしまった事が有るからだ。 (ああ、そうするよ。外の様子はどうなっているんだろ?) (ん?あちこち探し回っているみたいで、大騒ぎになってるぜ。) (わかるの?) (『小さな内緒話』でな。範囲外に居る奴が多いから確実な情報じゃないが、「探せ!」だの「どこに行った」だのとは聞こえて来るぞ。) (なかなか逃げるのには便利なんだね。) (黙って近づかれるとお手上げだけどな。これだけ騒がしいと判りやすいが、静かな夜の夜警なんかは見つけにくい。) (頼りになるよ。相棒。) (まぁ、しばらくはここに身を隠して、静かな夜に逃げ出すことにしようぜ。) (そうだね。相棒。) 頼りになる相棒の事だ。言う事を聞いていれば逃げられそうな気がして安心した。 (それより、オマエが後生大事に持っているものについて話し合おうぜ。) 言われてジルを持っていない左手を見ると、先ほどの騒ぎの原因となった小さな箱を持っていた。 ギョッとした。 (なんでこんなもの持っているんだよ!) (なんだ、気が付いてなかったのか?投げつけられてクリーンヒットしてからずっと持っていたぜ。ちなみに、ネックレスの方もな。ほら、オレの旗の所に引っかかっている。) ジルに付けている占いの宣伝の旗をめくるとそこに先ほどのネックレスが引っかかっていた。 (おいおい、コレはまずいんじゃないか?) (そうだな。探している連中にも泥棒呼ばわりされているぞ。) (こ、こここ。こここ。) (なんだ?パスカルの鳴きまねか?) (こ、こ、ここに置いて行こう。) いきなりの事に口が回らなくなるほどだったけど、これを持ったまま屋敷を出れば確実に泥棒として取り押さえられてしまうだろう。 (まてまて、こういう解釈もあるぞ。それは子爵様が手ずからオマエに(たく)したんだ。ちゃんと手渡しされていただろ。) (いやいやいや、今現在、泥棒と呼ばれて探されているんだろ?) (だからと言って置いて行っても何の特にもならないじゃないか。ここに置いて行っても泥棒呼ばわりされるのは同じだぜ。) (だけど、捕まった時に持っていなければ衛兵がちゃんと探してくれるはずだよ。) (お貴族様が外部の人間にそんな事させるわけ無いだろう。自分の家を家探しさせるくらいなら、見つからなかったことにしてオマエを処分するぜ。冤罪(えんざい)ってヤツだな) (どうすればいいんだよ。) 持って行けば泥棒として処分される。置いて行ったら泥棒として処分される。あれ、どっちも同じじゃないか。 (どっちも同じなら持って帰ろうぜ。そして立場ある人にちゃんと説明するんだよ。中身の文言も見せてな。) そうか、『これを見つけられるとはすばらしい頭脳だ!その知恵で頑張れ!』という言葉で激怒したんだからこれをちゃんと見せれば納得してもらえるかもしれない。少なくともこの証拠を隠滅(いんめつ)されるよりは良いだろう。 (まぁ、ヒョーリの考えている通りにはならないと思うぜ。) ジルの言葉にまた思考が止まる。 (どうして?) (きっと、アシンハラはその紙切れをお前がすり替えたって主張するだろうな。) (どうするのさ?) (この国から逃げ出すか、誰かに泣きつくか。だな。) (誰に泣きつくって言うんだよ?) (マッテーナくらいしかオレは知らないぞ。他に誰か有力な人間っているか?) 有力な人間を知っていたらもっと占い師として…いや、それでも売れなかったかも知れない。 (冒険者ギルドのギルド長か…。当てになるかな?) (あんまり期待は出来ないが、伝手は広そうだ。ここの子爵様と敵対している貴族とでも渡りが付けば上手くいくかも知れない。) (敵対している貴族って?) (貴族ってヤツはな、いくつかの派閥を作って争っているモノなんだよ。その敵対貴族に今回のスキャンダルを面白可笑しく話してやれば喜びそうだろ?) (そうなんだ。戦争しているの?) (血を見ない戦争だな。喜んでもらった所で身の安全だけ確保してもらうのさ。そのためにも持って帰るぞ。) ジルのおかげで何とかなりそうな気がしてきた。 -------------------------------------------------- 次回:『書斎』からの脱出。
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