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書斎
第1章 占い師を辞めなくちゃならなかったんだ。
--書斎--
あらすじ:泥棒になってしまった。
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ホッホーホー。
夜も更けて、遠くでコバットが鳴いている。
(おい、ヒョーリ。そろそろ行こうぜ。)
うつらうつらと薄い眠りについていたボクにジルが語りかけてくる。
ボクを探していた子爵様が書斎に戻って来たと聞いて、しばらく音を立てないようにじっとしていた。書斎の隣の資料庫にいるのだから音を立てれば簡単に見つかってしまうから、しばらくは緊張の時間が続いた。
やっとの事で子爵様が寝室に行ったとジルに聞いてから、数時間。緊張が解けたボクは少し寝ていたようだった。
(今は、どれくらいの時間なの?)
(ん~普通の警備なら夜勤のヤツから早朝のヤツに変わる少し手前ってとこだな。夜勤の奴らの気が抜けてきて一番警備が薄くなる手前だ。今から出て行って警備が緩んでいるタイミングで外に出れるようにしたいな。)
(そうなんだ。それじゃあ行こうか。)
さっさと逃げ出したかったけど、ジルに説得されて警備が薄くなる時間までずっと隠れていた。
(ああ、ドアを開ける前に扉にオレを触れさせてくれ。)
(どうして?)
(ドアに耳を当てて聞き耳を立てるだろ?似たようなことが出来るんだ。)
納得するとジルを音を立てないようにそっとドアに触れさせる。
(ああ、そんな感じだ。よし、音は聞こえない。次にオレの先っぽをドアの隙間から出すのを忘れるなよ。今の時間は喋る奴も少ないし、物音だと『小さな内緒話』で聞き取れないから巡回しているヤツが居ると面倒だ。)
(わかった。)
音を立てないように扉を少しだけ開くと、静かな書斎にジルの先っぽを差し込む。
(おっけー。まぁ、ここは子爵様が居なくなってから誰も着た様子が無かったから楽勝だな。さて、お宝探しでもするか。)
(そんな事をしてないで、さっさと逃げ出そうよ。)
(慰謝料代わりに、少しくらい貰って行っても良いと思うんだが。)
(それじゃあ、本当の泥棒になっちゃうよ。)
(どうせ泥棒扱いだろう?まぁ、大したものが無いから先祖のお宝に目がくらんだとも言えるか。)
本当の泥棒にはなりたくないので、廊下に出る扉にジルを押し当てる。
(ああ、こんな所に入れる機会なんて滅多に無いのにもったいない。よし、音はしないぜ。)
さっきと同じように少しだけ扉を開けてジルを差し込む。
(よしよし、大丈夫だ。)
ゆっくりと確認しながら月明かりが出ている廊下を歩いて階段下へと降りる。
(静かだね。)
言葉とは裏腹に心臓はバクバクしている。
(お、そこの影が動いた。静かにしゃがめ。)
ジルに言われても月明かりの闇には何も見えなかったけど、廊下の窓の下にしゃがみ込むと、壁の向こうで人が通る音がした。
(巡回のヤツか、早朝組か。早朝組だと、動いているヤツが増えているって事だから、ちょっと厄介だな。)
(さっさと逃げようよ。)
(まぁ、急ぐなよ。慌てると失敗するもんだ。)
ジルに言われるままにゆっくりと進むと、使用人が使う裏手の門の手前まで人に会わずに来ることが出来た。そしてまたジルの先っぽを出して先を見てもらう。人がいないことを確認して裏門に取り付くけど、無情にも鍵がかかっていた。
(ダメだ。鍵がかかっているよ。)
(ちっ、内側からも開けられないようにしているのか。内通者が人を呼び込まないようにするために、貴族の家では良くある事だ。)
(そんな、どうするんだよ?)
(壁をよじ登るか、正面突破するしかないな。)
(よじ登れると思う?)
(ヒョーリの体力次第だが、音がするのは避けられなさそうだな。というか、まぁ無理だな。)
(じゃあ、正面突破?)
(そうするか。正面玄関に行こうぜ。さっき歩いていた奴と同じ方向へ行くぞ。)
今度は来た道とは別の方へと歩いて行かなきゃならないし、確実に歩いていた人が居るはずだからドキドキが増してしまう。
静かな夜に、殺しているはずの足音がよく響く。
心臓の音も響いてしまうのではないのだろうか?そんな疑問まで浮かび上がってしまう。
(よし、門の見張りは2人か。これなら何とかなりそうだな。)
木の影を利用しながら庭を通り抜けて門を見ると、門の詰め所には灯りが点いていて2人の人間が動いているのが判る。あくびを噛み殺しながら2人で話をしているのか、辺りに気を配る様子は無いけれど、静かな夜に音を立てれば嫌でも注目を浴びてしまうだろう。
(いや、争ったら負けるよ。)
ボクが衛兵として訓練されている人間にケンカで勝てるわけが無い。ひょろひょろの占い師なのだ。
(なに、争う必要はないぜ。オレに付いている旗を外して木の棒と変わりないようにしてくれ。)
ジルには占い師の宣伝の旗が付けられている。ジルを見分けるのに便利だし、宣伝のための棒を持ち歩いていると思わせないと汚い棒を持ち歩いている理由にならない。旗を外せば初めて会った時の薄汚れたどこにでもありそうな木の棒に戻ってしまう。
(何をするの?)
(オレが囮になる。なに、オレなら見つかっても奴らには木の棒が転がっているとしか思えないさ。)
(木の棒が囮になれるの?)
(オレが声を出せば良いだけさ。ここではヒョーリ以外にオレが声を出せる事を知っている奴なんて居ないから、大騒ぎした後は黙っていれば道に木の棒が落ちているだけに見えるさ。)
ボクとジルはいつも『小さな内緒話』で話をしているから、誰も木の棒が喋っている所を見た事が無いはずだ。最初にジルに見捨てられて喋らないと言われた時は恨んだけど、こんな所で役に立つとは思ってもみなかった。
(大丈夫かな。)
(なるようになるさ。さて、オレを塀の外に投げてくれ。10数えたら騒ぐから、それまでに門の近くまで行っていてくれ。ああ、忘れずに回収してくれよ。できればヒョーリ以外のヤツに来させてくれよ。)
独りだったり、あるいは弱音を吐けなかったら、きっとここまで来ることが出来なかっただろう。今でも心臓がバクバクしてる。だから、ここでジルを手放すことは難しかった。
もし、失敗して…。
(何を迷っているンだ。塀の外へ投げるだけの簡単な仕事だ。失敗しないさ。)
ジルの言葉はボクの心配とは違っていたけど、少しだけ気が楽になる。
そうだ、ジルが居るからここまで来れたんだ。言う通りにしていれば問題なんて無いんだ。ただ、塀の外へ投げれば良いんだ。ジルから占い師の旗を取り外すと、見よう見まねで槍投げのように塀より高く投げ上げて、結果を見ないで門のほうまで走って、宝箱の隠されていた詰め所の陰に隠れた。
塀の向こうからカランカランと乾いた音が聞こえる。
7、8、9、10。
「いや~!!誰か助けて!!犯される!!」
月明かりの夜空にジルの女の子の声の甲高い悲鳴が響き渡ると、詰め所の中で雑談していた門番が飛び出してきた。
「へっ、こんな夜中に何やっているんだか。」
「上手い事やって横取りしようぜ、夜勤明けにちょこっと楽しませてもらおう。」
門番達はヘラヘラと笑いながら、のんびりと大きな門の隣の通用口を開ける。
「いや~!!だめ!!それは!服を破かないで!!!」
ジルがさらに大きな声を張り上げる。
「うるせぇな。さっさとしないと他のヤツに取られるぜ。」
「だな。早いとこ保護してあげよう。へへへ。」
下卑た門番の声に少しお腹がむかつく。ジルが犯されることは無いと解っていても、あの声を聴いているだけで居ても立ってもいられなくなる。だけど、せっかく相棒が用意してくれた活路だ。イライラするのを我慢するしかない。
門番が2人とも外へ駆けていく。良かった。ボクでも門を通り抜けられる。
門番が居なくなって、ジルの声も、もう聞こえない。
人がいなくなった門を通り抜けて、再び静かになった夜の街へ逃げ出した。
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次回:懸けられた『賞金』
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