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ギフト
第1章 占い師を辞めなくちゃならなかったんだ。
--ギフト--
あらすじ:棒に相棒って呼ばれるようになった。
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棒との腹の探り合いから解放されて、やっと我に返ると途端に血の気が引いてしまった。
しまった。
のんびりしている場合じゃない。地面の上には副業の方の仕事道具一式がぐちゃぐちゃになって散らばっている。
「ずいぶん酷いことになってるな。相棒。」
手作りの机に椅子が2脚と紙の束にインクの瓶。この程度は買い戻したり作り直したりすれば何とかなる。お金が無いから今月も草スープになるだろうけど。
問題は…。
「あ~あ、コッチなんてインクまみれになっているじゃないか。」
そう、書類だ。お客さんから預かった原本だ。内容はちょっとした報告書で大したモノじゃない。お客さんにとっては。
「何が書いてあったんだ。フーン。中間報告書か。エンシロン商会ってデカい所か?」
「いや、中規模の商会だよ。大手の仕事なんてボクには回って来ないよ。そいつの複製を頼まれていたんだ。」
ボクの副業。文筆ギルドを通して受ける原本の清書や会議に使う資料の複製だ。今日の仕事はエンシロン商会の売り上げをまとめた中間報告を複製する事だった。
「これじゃ、読めないな…。」
紙をつまみ上げてみると、勇者様によって半分にされた紙に黒いインクがタラリとこぼれる。ボクの額にも汗が流れる。タラリと。
「同じ所ばかりが汚れていて、繋ぎ合わせても読めねーな。どうする相棒。」
「どうするって、これじゃどうしょうも無いだろ。謝るしか無いよ。それともオマエの『ギフト』でどうにかできるのか?」
出来上がりを作って欲しいとは言わない、原本が読めるようになってくれれば良いんだ。なにせ文筆ギルドの仕事は占い師の師匠の所で学んだ数少ない稼ぐ方法なんだ。
文字を書くなんて占い師に必要ないと思ってイヤイヤ覚えたけど、商人でもないのに文字を書けるなんてヤツが少ないから商売敵が少ないんだ。
「おいおい。これをどうにかするなんて時の魔術師でもなきゃ無理だぜ。」
時の魔術師なんて、おとぎ話の中でしか聞いた事が無い。
「だよな。」
「ああ、オレの『ギフト』、『小さな内緒話』はな、内緒話が出来るんだ。こうやって。」
(聞こえるか?これがオレの『ギフト』だ。オレが選んだ人間の間だけで他人に聞かれないように話し合いをすることが出来る。)
脳みそに直接響くような声が聞こえる。
(しょうもないな。それがキミの金を稼げるって『ギフト』なのかよ。期待して損したよ。)
棒が『ギフト』を使っているから普通に喋っているつもりでも自分の声がこもって聞こえる。
「そんなことは無いぜ相棒。上手く使えば金になるギフトだ。なにせ商談している相手の目の前で密談が出来るんだぜ。それにな、遠くでコソコソ話している会話だって聞けるんだ。すごいだろう!情報収集には打って付けだぜ。」
「良く分かった。今は何の役にも立たないんだね。」
いつボクの役に立つかと考えても、どうにも役に立ちそうな気がしないのだけど。
「ん、まあ、そうだな。」
「これから怒られに行かずに済むとか怒られてもお金がもらえるとか、そう言う『ギフト』が良かったよ。」
「そんな都合のいい『ギフト』が有ったらオレが欲しいね。」
インクまみれの紙を壊れた机の上に並べて乾かすことにする。日も出ているし風も穏やかなので、しばらくすれば乾くだろう。ああ、こんなに良い天気なのにツイていない。
インクが乾くまでに、勇者様にぺしゃんこにされたのと僧侶様に脚を潰された椅子も片づけてしまおう。
「それにしても勇者ってのはバカ力だね。こんな風に潰れた椅子は見たことが無い。」
「コレじゃ部品でも使い物にならないね。僧侶様でもこの威力だよ。脚が折れた方も使えそうもない。ところで壊れた椅子とかは直せたりする?」
「いやいや、オレは便利屋か!?出来ねーよ。しがない商人だぜ。」
「しがないって、金儲け出来ていたんだろ?」
「…裏向きにはな。表向きはしがない商人さ。」
どうも怪しい。棒の言う『小さな内緒話』の能力だって商人向けに思えない。盗み聞きの能力だろ?
「それより、お前の『ギフト』はどうなんだよ。相棒。」
「ああ、ボクのは『失せ物問い』って言うんだよ。落としたものや失くした物を探せる力だよ。この『ギフト』のせいで占い師になったんだ。」
「ハァ?失くした物を探すだけなのか?」
「一応、ハズレ無しだけどね。」
「ソイツはすごい。で、そんなハズレ無しの占い師様がこんな裏路地で商売していると?」
「それこそ簡単だよ。恋占いは商売になるけど、失せ物占いなんて商売にならないのさ。」
運勢や未来を占う人は多いし、恋占いや相性占いをする奴の中には大金を稼ぐヤツもいる。
女の子は恋占いが好きだし、貴族なんかは家の将来のためにと子供の結婚を占いに来る。子供の結婚相手によって一族の運命を決めるから特に婚姻には慎重になるみたいだ。
宮廷占い師のように運命の糸が見えるなら、こんな裏路地でもかなりの稼ぎになっただろう。
運命の糸が繋いだ結婚なら間違いが無いよね。
「失くした物を探す奴はいるだろう?」
「失くした物をお金を払って探すより、失くした物の代わりをお金を払って買った方が安上がりだったり良いものが買えたりするからね。よっぽど大切な物じゃない限りお金を払ってまで探したりしないさ。」
ボクの占いの料金なんて高い物じゃないけど、落としたり無くしたりするものも高い物はあんまりない。例え小銭を落としたとしても占いに来てまで探すことが無いよね。
一番多いのはアクセサリーを落としたから探して欲しいって依頼かな。でも、大抵は占いとして半信半疑で来るから必ず見つかると期待して来る人は少ない。
「確かにな。んじゃ、何でこんな所で占い師なんてやっているんだよ?」
「『ギフト』を授かった時に親とケンカして家を飛び出してしまったんだよ。それでも最初は絶対に当たる占いなんだから、大儲け出来ると思っていたんだよ。だけど、こんな簡単な事に気が付くまでに4年かかってしまったのさ。」
「バカだな。相棒。」
壊れた椅子をゴミ捨て場に投げ入れると落ちた端からスライムに呑み込まれる。
机も、捨てなきゃな。
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次回:行きたくない『文筆ギルド』
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