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文筆ギルド
第1章 占い師を辞めなくちゃならなかったんだ。
--文筆ギルド--
あらすじ:仕事道具がボロボロになっていた。
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インクが乾いたぼろぼろの紙くずの束を重ねて抱え上げる。元々は書類と呼ばれていたモノだ。片付けている間にも何か誤魔化す方法が無いかと考えていたけれど、どうしようもない。気が重くて頭も抱える。
少しでも怒られるのを後回しにしたくて、のろのろと作業を続ける。
机に掛けていた布の看板を喋る棒から飛び出た枝に縛り付ける。何とか旗が垂れ下がっているように見える。うん、まぁ、悪くは無いかな。万が一でもお客さんが来れば、こんな気持ちも少しは和らぐのに。
「おい、相棒。看板を外してくれよ。みっともない。」
「ただ木の棒を持っているなんて思われれば、変に見られるだろ?看板掛けに丁度良いと思ったんだよ。その内もうちょっとマシにしてやるさ。」
「お、おぅ。まぁ、その時はもっとカッコよくしてくれよな。ああ、それと、オレは人前では喋らないようにするから、何か有ったら『小さな内緒話』で話しかけてやるさ。」
「おい、ちょっと待てよ。見捨てる気か!?お前だけが頼りなんだぞ。お前が証言してくれれば許してもらえるかも知れないじゃないか?」
「誰が棒の言う事なんて信じるんだ?それなら身を隠していた方がやりやすいことも多いさ。」
「いや、喋る棒でも信頼されるって。ボクが報告書を勇者様にダメにされたって言うより、喋る棒が同じことを言った方が、まだ現実味があるだろ?」
必死にもなる。だってコイツだけが目撃者だから逃がしたらおしまいだ。
「第三者の報告かによる信頼の底上げか。まぁ、多少は信頼を得られるかも知れないが、勇者を悪者にするんだから分の悪い賭けだし儲けも少ない。それでもオマエのミスだと怒るか、勇者の仕業にしたオマエを怒るか、どちらかだと思うぜ。だから喋らない。」
「あ、おい!じゃあ、馬車に引っ掛けられた事にするとかは?なぁ、おい!」
それっきり棒は喋らなくなってしまったので、仕方なく重い足取りで文筆ギルドに向かう。
グルグル回る言われそうなお叱りの言葉を忘れるように足を動かしていると、着いてしまった。
ため息をついてからドアを開ける。はぁ。
「こんにちは。ナンデストさん居ますか?」
文筆ギルドのカウンターに着いてすぐ、今回の仕事の担当してくれているナンデストさんを呼んでもらう。ハァ、待ってる間がすごくツライ。
頭の中には同じ言葉がぐるぐると繰り返される。どれも怒られる言葉ばかりだ。
しばらくするとカウンターの奥から馴染みのある細長い顔が現れた。
「おう、できたのか…ってなんだよ、その無残な残骸は。」
一目見るなりボクの手の中にある資料の残骸を見つけてしまったらしい。
「お預かりしていた原本を汚してしまいました。ごめんなさい。」
言い訳を考えても何も思いつかないので素直に謝罪する。これで終わるとは微塵も思っていない。
「おいおい、何度目だよ。今度は何だ?この前は馬車に泥水を跳ねられたとか、雨に当たってインクが滲んだとか言っていたな。また屋外で仕事していたんだろう?」
「今回は、裏路地で占い師の仕事をしている時に、勇者様に叩き潰されました。」
ダメ元で本当の事を言ってみる。いや、有名な勇者様が裏路地のボクの所まで来るなんて誰も信じないだろうけどね。
「おいおい、お前の所に勇者なんて来るわけないだろ。第一、オマエが勇者なんて怒らせて無事でいられるワケが無いだろ。」
鼻で笑われる。やっぱりそう言われるよね。勇者様ならボクなんかの所に来なくても、運命を占える王宮占い師に占ってもらえるし、魔獣を粉みじんにした人がボクをボコボコにするくらい朝飯前だよね。
「せいぜい、街で仕事をしていてチンピラにでも絡まれたんだろ。あれほど外で仕事をするなって言っておいたのに。」
そうか、チンピラのせいにしておけば良かったのか…。勇者様が来るより、その方が現実味があるね。
「だがな、理由はともあれ屋外で仕事をしていたオマエが悪い。何度も警告したハズだぞ。」
屋外で仕事をすれば風で紙が折れたり土で汚れたりする。そんなことは解っている。でも本業は占い師なんだから、少しでも客を取るために人通りのある場所で仕事をしたかったんだよ。どこかの店先を借りると高くつくし他の場所が無かったんだよ。
どうせ副業の文章の複製なんて仕事だけじゃ行き詰ってしまう。報酬を貯金に回せるほど期待できないし、お客さんの都合によって毎日仕事が有るとも限らない。
「お前は字が綺麗だったから、他のヤツみたいに室内で仕事をしてくれれば良かったんだけどな。残念だ。」
「え?」
「お前には、もう仕事を回すことが出来ない。」
「いや、次はちゃんとやりますって。お願いです。仕事を下さい!」
「警告を無視し続けたんだ。次だって流れの占い師をしながら片手間に仕事をするつもりだろう?なんだ、次は占いの客がインクをこぼしたって言うのか?失敗するのが目に見えてる。それに、今の仕事だってオマエを使うのに無理やり客に納得してもらっているんだぜ。もう、無いな。」
絶句する。
文筆ギルドの報酬だけじゃ不安だったんだよ。もっとお金が欲しかっただけなんだ。喉まで出かかっているけど上手い事口が動いてくれない。
「とりあえず、後始末だけ付けてもらうぜ。俺一人で客に怒られるのは割に合わないから、お前も来い。」
ナンデストさんに引っ張られてエンシロン商会まで謝罪に行って、店先で謝って、番頭さんに謝って、商会長さんに謝って。
たった一枚のなんでもない報告書だ。高い報酬が出ていたワケでも無い。なんでこんなに謝らなきゃならないのだろう。
ひたすら謝るナンデストさんに着いて行って、お小言を黙って聞いて短い謝罪の言葉だけを繰り返す。他に何か言えるだろうか?言ったところでお小言が増えるだけだ。
ただ、ひたすら耐えた。
「じゃあな。少なくともほとぼりが冷めるまでは仕事は無いよ。ギルドに来るだけ無駄だし邪魔になるからな。来ないでくれ。」
謝罪行脚を終えて仕事が欲しいと縋り付くボクに、出入り禁止の最後通告を告げてナンデストさんは帰って行ってしまった。
(良いヤツだったな。)
ふいに汚れた棒が『小さな内緒話』で話しかけてきた。
(良いヤツだって?良い人だったら仕事をくれているさ。)
(いや、何度も忠告してくれて、我慢強く待ってくれたんだろ?それにちゃんと謝罪にも付き合ってくれたじゃねえか。最後は望みまで残してくれてよ。良いヤツだ。)
そう言えば、来るなとは言われたけど、ほとぼりが冷めるまでって条件付きだった。
(良いヤツの忠告は聞いておけ。しばらく近づかなきゃ、また仕事を回してもらえるさ。元気出せよ、相棒。)
汚い棒っ切れに慰められた。
でも、次の食費も無いんだよね。
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次回:一縷の望みの『占い師ギルド』
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