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占い師ギルド
第1章 占い師を辞めなくちゃならなかったんだ。
--占い師ギルド--
あらすじ:文筆ギルドから仕事がもらえなくなった。
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アパートに辿り着く頃にはクタクタに疲れていた。いろんな事が有った日だ。何で勇者なんて来たんだよ。
財布の重さを確認しながら夕飯をあきらめる。
「何もねえ部屋だな。ベッドだけかよ。」
汚い棒を入り口に立てかけると、汗と汚れを飛ばすために浄化の魔法をかけながらベッドに倒れ込む。
「静かにしていてくれよ。」
ボクは枕に頭を埋めたまま答える。今は誰とも話したくない。明日の事も何も考えたくない。
「あぁまぁ、悪かったな。なぁ、メシはどうするんだよ。」
「このまま寝るよ。」
「おいおい、こういう時こそ、腹いっぱい食って元気を出さなきゃダメだぜ!」
元気な棒の声にボクは黙って財布を床に放り投げる。
ポスン。
チャリンとも言わない。
「あぁ解った。悪かった。黙っておくよ。おやすみ。」
やっと棒が静かになった。すきっ腹と今日の出来事で頭がグワングワンとする。
何も考えたくなくて目を閉じていると、いつの間にか眠ってしまっていた。
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「おはよう!相棒!」
起き抜けに元気な挨拶が聞こえる。
頭は痛いし、お腹も減りすぎて痛い。目も腫れているのか瞼が開きにくい。回らない頭でも強制的に昨日の出来事を思い出してしまう。ああ、ツイてなかった。
でも、何年ぶりだろう。起き抜けに挨拶が有るって少しいいな。これが汚い棒じゃなくて好みの美女だったらもっと良かっただろう。女の子を連想させる声。でも、あの口調じゃ絶対男だよね。
「おはよう。相棒。」
「元気は出たか?出るわけねーな。まぁ水でも飲めや。」
ぐ~。
相棒の言葉と、お腹の鳴き声にボクは素直に従う事にした。すきっ腹でも水を詰め込めば少しは持つだろうから、魔法で水の球を作って直接吸い付くいてごくごくと出来るだけたくさん飲むことにした。
「げほっげほっ。」
すきっ腹には少し冷たすぎる水だったみたいだ。思いっきり咽てしまう。
「急いで飲むからだぜ。相棒。落ち着いて行こうぜ。」
「ああ、そう言えば名前も聞いてなかったな。」
昨日は自分の事でいっぱいいっぱいだった。今まで名前を聞くのを忘れるくらいなんだから相当参っていたのだろう。
「あぁ悪い。そうだな…ジルって事でどうだ?」
「いや、どうだって言われてもな。偽名なんだろ?」
「当たり前だ。本名なんて名乗っても良いことは無いからな。」
「お前の呪いを解くのに必要かも知れないよ。」
「名前で呪いが解けるなら、占い師の婆さんがやっているだろ。今は余計な情報を与えておかない方が良いと思うんでな。よろしく、ヒョーリ。」
イマイチ理解できない。偶然でも本か何かで棒の名前を見かける事が出来るかも知れないのに。
「ってあれ、名乗ったっけ?」
「僧侶がギルドカードを読んでくれていただろ。ヒョーリ。18歳。ウィークショの32番地のアパートに住んでいる。占い師。これくらい出来ないと商人にはなれないぜ。」
ああ、そんな事も有った。嫌な奴に名前を憶えられてしまったな。
「ちなみに、男か?」
「どこを見て言っている!このスレンダーなボディを見ればわかるだろ!」
まあ、女の子の様な豊かな凹凸のある姿には見えないな。棒だし。
「判らないよ。声を聴く限り、女の子にしか聞こえないんだが?」
「呪いのせいだろ。」
いや、何でも呪いのせいにしないでくれよ。とは言え、偽名を名乗っているから名前で判断することも出来ない。
「ところで、今日はどうするんだ?ヒョーリ。」
「いつも通り、とはいかないな。お得意様巡りだけして、何かお腹に入れないと。」
「…肉が食えれば良いな。」
「…そうだね。そう言えば、オマエの食事ってなんだよ?」
「愛…かな?」
「は?」
「いや、飲まず食わずで大丈夫だ。ついでに寝る必要もない。だから、お前が寝る時は、できれば窓辺に立てかけておいてくれ。一晩中お前の寝顔以外に変化が無いのはつまらん。」
「一晩中見てたのかよ!」
「可愛かったゾッ!」
作られた声にゾクゾクした。女の子の声だし…、いや、男ッポイ喋りだったのに、いや、ソッチのケは無いぞ。
結局、男か女か判らずに混乱することになったけど、男だろうと女だろうと一晩中顔を見ていられるのは嫌なので、ジルの言う通り明日からは窓辺に立てかけてあげよう。
ともかく、最大の収入源である文筆ギルドからの依頼が無くなってしまったので、早く次の仕事を探さなきゃならないけれど、とりあえず野草でも雑草でも何でも、とにかくお腹に入れたい。
もう一度、魔法で水の玉を作って頭を突っ込んで洗う。水の玉は窓の外へダバアと流して、浄化の魔法でベットも体も1晩の汚れを全部吹き飛ばしてスッキリする。気分も魔法で吹き飛ばせればいいのだけど、それでも、体がキレイになったので気分も少し上がってきた。
そして、ベッドの下から使い古したショートソードとナイフ、そして雑貨の入った袋を取り出す。
こいつらに、またお世話になるとはね。
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食堂と酒場と孤児院。ついでに衛兵の詰め所と数少ないお得意様の所をハシゴして占い師ギルドを目指す。以前に依頼が有ったり小さな広告を出させてもらっている場所だ。
食堂と酒場は食事の仕込みの香りがすごくツライ。マジツライ。
「おはようございます。何か仕事有りませんでしたか?」
「おはよう、ヒョーリ。相変わらずだよ。」
「他に手伝えることってありませんか?」
「悪いね、間に合っているよ。今日は食べていかないかね?」
「すみません。金欠で。」
どこもかしこも、いつも通りの空振りだ。定型文に定型文で返される。
「なんだ?デカイ袋なんか持って、また金欠か?」
顔見知りの衛兵が尋ねてくれた。今は世間話でも嬉しい。
「ええ、昨日ちょっと有りまして、朝から食べていないんです。」
本当はその前からだけど、小さいプライドが見栄を張る。
「森からは変わった報告は無いが、気を付けて行って来いよ。」
「ええ、ありがとうございます。」
(金が無くなるのが当たり前なのかよ。)
ジルが『小さな内緒話』で話しかけてくる。
人が居る場所では徹底して普通に話しかけてこないけど、『内緒話』はしてくれるので、いつもより楽しく思える。
(占いの師匠の家から飛び出した時と家賃が払えなかった時にちょっとね。)
今度も、しばらくは追い出されないと思うけど、お金が無ければアパートだって出なければならない。早めに仕事が見つかれば良いのだけど。
(衛兵がスルーしてくるってどんだけだよ。少しは同情とか無いのかよ。)
(糧食を分けてくれた時も有ったよ。腐りかけの奴だったけど。)
あの日は備蓄の交換の日だったらしく本当に助かった。
続いて行った孤児院も空振りに終わった。ここは空振りが嬉しい所だけど。
「迷子探しのオジちゃん。大きな荷物なんて持ってどこ行くの?」
「お腹が減ったからね。森に食べ物を分けて貰いに行くんだよ。」
「ふーん。そっか。じゃあ、これも食べていいよ。」
孤児院の子供に泥団子を貰うと涙が出そうになった。
そして、本命の占い師ギルドへ向かう。
本命なのに定型文に定型文で返された。もちろん泥団子も貰えなかった。
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次回:よく行く最後の手段。『森』
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