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森
第1章 占い師を辞めなくちゃならなかったんだ。
--森--
あらすじ:占い師ギルドは当てにならなかった。
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「おはようございます。何か仕事有りませんでしたか?」
「おはよう、ヒョーリ。相変わらず無いよ。」
「他に手伝えることってありませんか?」
「悪いけど間に合っているよ。」
冒険者ギルドに入ってすぐのカウンターに座っている馴染みの受付嬢のソーデスカ相手に、今日で何度目かになる定型文を繰り返す。当然のように定型文で返される。
「今日は森で採れそうな依頼ってありますか?」
何度か仕事を請け負っているので、ボクは冒険者ギルドにも登録していた。
だいたいは森で野草を収集するとか街での簡単な仕事をするとかなのだけど、たまに『失せ物問い』が使えるような仕事も舞い込んでくるので、ボクの貴重な財源のひとつになっている。
だけど、今日みたいに森の恵みを食料として当てにするのは最後の手段にしているんだ。森には危険があるし、他の冒険者を専業としている人の仕事を奪う事になるので最悪の場合ブッキングしてケンカになってしまうのだ。まぁ、飢え死にしたくないので、その最後の手段も何度目かになるわけだけど。
「なに?また家賃が払えなくなったの?」
(オマエはいつも家賃が無いんだな。)
ソーデスカにもジルにも指摘されるくらい解りやすいのが悔しい。
「昨日、色々有って、文筆ギルドの仕事が無くなっちゃったんですよ。」
「そう、それは残念ね。んー、そうね。いつもの薬草類と、ヨッチャの実。ネムラの雫。それくらいが優先度が高いよ。それと確かビッカツの捕獲の依頼が有ったハズだけど出来そう?」
ボクの言葉に興味を失ったように、ソーデスカが伝票を見て答えてくれる。
「ビッカツの捕獲は無理じゃないかな。」
1日で目的の動物を狩れるほどボクの腕は良くない。例え見つける事が出来ても逃がしてしまうのが目に見えている。本業は占い師だし、ショートソードはいざと言う時の護身用にしか役に立つことはない。
「だよね。キミの腕に期待はしてないから、見かけたら教えてね。」
ソーデスカに追い払われるように手を振られて、森に向かうために街の大通りを抜けて街道に出ると、ジルは『小さな内緒話』を駆使して人でにぎわう大通りで騒ぎとおした。よっぽど久しぶりに街に出るのだろう。
(おお、あのオネーちゃんの服なんて良いな。でかく見えるぜ。)
(あのスカートの尻のラインが良いね。どうやったらあのラインが出せるんだ?良いねイイね。)
(オマエは肉屋の前に居る娘と干物屋の前に居る娘と、どっちが良いと思う?)
下世話な女の子の話ばかりだったから、『小さな内緒話』で話をしていて助かった。あまり白い目で見られるのには慣れていない。
それに今のボクは女の子の事を考える暇があるなら食べ物を手に入れる方法を考えていたかった。とにかく水以外の物を口に入れたい。だからジルの言葉も適当にあしらってしまっている。お腹が減った。
それにしてもジルは良くしゃべる。ひたすら喋り続けるジルの言葉をを呆れながら聞き流して歩く。街の外へと続く城門を抜けても喋り続ける。宮廷では暇だったと言っていたけど、宮廷の中って言うのはそんなに喋れない場所なのだろうか。
(お、ベツロウ草が生えているぞ。そのままカジれる草だぞ。酸っぱいけど少し食っとけ。ヒョーリ。)
街道に出た所でジルに言われて草を取ってみる。どこでも見かける、よく見る雑草のひとつだ。
ジルに言われながら小指ほどの太い茎の皮を剥いてかじると薄い甘さの酸っぱい味が口の中に広がる。
(ありがとう。これって食べられる草だったんだね。)
(オレも昔はオヤツ代わりに良く食べた。これを咥えながら街道を歩いて行くのさ。)
美味しいとは言えないけど、水しか飲めなくて物寂しかった口の中に広がる酸っぱさで元気が出る気がする。追加で腕ほどの長さがあるベツロウ草を10本ほど摘んで、かじりながら街道を進む。これでしばらくは魔法で水を出さずに済むだろう。
昼のご飯に食べる物も無いので休みも無しに歩き続ける。休憩して景色を見ているだけでヒモジくなる。
「だいぶ畑が広がっているが、そろそろ見飽きてきたぜ。森にはいつ着くんだ?」
人通りが無くなって普通に喋りかけてきた。ホントに人に知られないようにするつもりみたいだ。
「ん、午後のお茶の時間の前には着くと思うよ。」
数少ないとは言え、お得意様巡りを先にしてきたので出発も遅かったのが悔やまれる。どうせ仕事なんて入らないと決め込んで森に行っていれば得られる物も多かったに違いない。
「なんだ今日は森で一泊か。そんな荷物で大丈夫なのか?」
「森の入り口に一般開放されている狩り小屋が有るから、そこを使わせてもらうよ。」
「ああ、野宿じゃねーんだな。」
「当たり前だよ。森の中で何に出くわすかわからないんだから、独りでの野宿はさすがに怖いよ。」
森の中は夜行性の動物もたくさんいるし、ちゃんとした野宿の準備をするのにも人手が足りない。
「2人だぜ。相棒。」
「棒を人数に入れていいのかな?」
ボクは棒は人手にはならないだろうと思って答える。
「ひっでぇな。オレだって役に立つぜ。寝ずの番なら任せろ!」
「ああ、寝る必要が無いとそういう時に便利なんだね。」
気を張り続ける森の中で安心して眠れるのはありがたいし、独りで焚火を見つめるよりかは幾分か気が楽になりそうだ。独りで森に来ていた時は本当に心細かった。
「動けないから相棒に死なれると森の中に置き去りになってしまうから最初は怖かったけどな。ゆすって起こせないから声が届かなきゃアウトだぜ。」
「ボクの前にも持ち主が居たの?」
「まあ、な。ずっと昔の話だぜ。ずっと昔にな…。」
それきり、しばらく静かになってしまった。
何となく踏み込めない気分だった。
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予定より少し早く森に付くことが出来た。日が暮れるまで山菜を取る時間が増えるのでラッキーだ。後は薬草や野草がいつもより多く見つかってくれることを祈るしかない。
「ベツロウ草のお陰で早く着いたよ。前はここに来るまでにフラフラになって倒れていたからね。ありがとう。」
「よせよ水臭い。それより、さっさと食えるものを探そうぜ。ベツロウ草はそんなに腹に溜まらないから腹持ちの良い物を探そうぜ。」
「そうだね。いくつかポイントを探してみよう。」
同じ場所に生えている事が多いので、前に来た時に見つけた山菜の位置を思い出して回る事ように森を歩いて行くとジルが声を上げた。
「お。アシタギの芽はっけーん。」
「食べれるの?」
「ああ、少し苦いけど香りが良い。」
「苦いのはヤダなあ。」
「そう言うなよ。木の実ほどじゃないが、栄養は有るぜ。」
持ってきた袋から鍋を取り出してアシタギの芽を摘んで入れていく。ジルはボクの知らない野草も良く知っていて勉強になる。
「そいつには触るなよ。手が荒れる。」
「良く知っているね。」
「行商をしていると野宿も多いんだよ。んで、商品に手を付けるのも何だから現地調達は良くするモノさ。」
「ああ、そうなんだ。ボクだと街で売っているような山菜しか判らないから助かるよ。」
「お、さっそく役に立ったか。良いヨい。もっと褒めて良いぞ。」
「できれば、こんな極限状態になる前に役に立って欲しかったよ。」
水以外をお腹に入れられなくなる前に森に来れていれば良かった。まぁ、ジルと出会っていなかったけど。
「それは言うなよ。オレだって文無しだとは思わなかったぜ。」
「あの日の文筆ギルドのアルバイトで少し余裕が出来るハズだったんだよ。」
勇者様と出会ったあの日。あの仕事が出来上がれば数日食べられる報酬が手に入るはずだった。
「そうすると勇者との出会いは最悪のタイミングだったんだな。」
「ジルとの出会いもね。」
「キッツいな。オマエは口調の割にキツイよ。もっと優しくなろうぜ。」
「役に立ってくれれば優しくするよ。たぶんね。」
気兼ねなく話せるだけでも、だいぶ役に立ってくれているけど気恥ずかしいので言うつもりはない。
「あいあいさー。それじゃもう少し頑張りますか。」
鍋いっぱいに野草が有るのでスープを作るくらいは採れている。森に入り始めたのも遅かったし日も傾いてきているので、そろそろ切り上げないと狩り小屋に戻れなくなってしまう。
「そう言えば、この時期だとフラポの実が旬だな。フラポの実が落ちている場所を知らないか?」
ジルがそう聞いてきた時。ボクの『失せ物問い』の妖精が囁いた。
「…こっちの方に有るみたいだ。」
「どうした?相棒。」
「いや、『失せ物問い』の妖精が教えてくれたんだ。こんな事は初めてだ。」
「『失せ物問い』か?そう言えば質問をしたな。良いね。オマエの『ギフト』が言うなら間違いないだろう。行こうぜ!」
『ギフト』が示してくれた位置は少し離れていので、薄暗くなってきた森の中を急ぐ事にする。暗くなる前に狩り小屋に戻りたい。その気持ちに少し焦りが生れてきている。
そして焦りがボクを間違わせた。
崖から足を踏み外してしまったのだ。
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次回:昏い森の中で突然の『野宿』
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