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野宿
第1章 占い師を辞めなくちゃならなかったんだ。
--野宿--
あらすじ:崖から落ちてしまった。
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「おい!おいってば、相棒!お~い、起きろよ、ヒョーリ!!」
ジルの必死に呼ぶ声で起こされると辺りは真っ暗だった。崖から落ちた拍子に気を失っていたらしい。
「お、良かった。怪我は無いか?相棒。」
体のあちこちが痛いので、手早く治癒の魔法をかけると痛みが引いてくれた。頭の後ろのジンジンと痛んだコブも無くなってくれている。
「大丈夫だよ。たぶん。」
聖女様が神様からもらったと言う治癒の魔法には、いつも助けられているからね。それに治癒の魔法で後遺症が残ったという話は聞いた事が無い。
「そいつは良かった。いや、ホント。こんな場所に置き去りにされたら帰れないからな。ホント助かった。」
「足が無いって不便だね。」
「手も足も無いからな。ヒョーリの手当てもできやしねぇ。ホント手も足も出ねぇ。」
崖から落ちた時に手放してしまったジルを拾いながら思ったままの感想を言ったけど、手も足も無い生活って言うのは本当に不便そうだ。こんな森に置いて行かれたら動物もまばらにしか来ないかもしれない。
「その分、口は達者になっていくんだね。」
「メンボクネェ。」
軽い口調でジルが言う。
明かりの魔法を点けてみると落ちた崖は背丈ほども無かった。薄暗くても気を付けて見ていれば安全にと降りれただろう。あまり高い崖じゃ無かったからコブだけで済んで助かった。
「お、明るくなった。嬉しいね。だけど、あまり夜の森をうろつかない方が良い。今夜は野宿で我慢しな。」
「そうだね。焚き木だけ少し拾おう。」
手を伸ばして髪の毛に絡まった落ち葉を払う。体中が土まみれになっているから浄化の魔法もかけておいた方が良さそうだ。どうせ朝から歩きとうしているから汗も流したいしね。
「崖の下に少し削れた場所がある。あそこなら1晩くらい体を休められるだろうぜ。」
崖の近くで迷子にならないようにしながら、石を組んで作った簡易の竈に木の枝を放り込んでいくと、火の魔法をかける。暗い森の中を燃える焚火の明かりが暖かく広がって行く。焚火って魔法の光より落ち着くんだよね。
「さーて、飯だ。メシ!」
食べれないクセにジルが嬉しそうだ。
「やっと食べられるよ。」
魔法の水と酸っぱいベツロウ草を食べただけのお腹がグルグル鳴っている。
鍋に入ていた全ての野草に浄化の魔法をかけて水を入れてしまう。明日の事は考えられない。今、食べたい。
塩の魔法で味付けをしてからクツクツと煮込む…つもりだったけど、良い匂いがしてきて待てそうもない。腹の虫の誘惑に負けて湯気が昇り始めると同時にガツガツと食べ始めてしまった。
「おいおい、あわてるなよ。鍋は逃げねーぜ。」
「むぅ、んぐ。ぷはっ。いや、待てなくて…。」
野草を切らずに入れた塩味のぬるま湯だけど、昨日の朝に食べたパン屑からの久しぶりの食事だ。
「もう少し待ちな!カバサンの芽は少し煮込んだ方が良いし、ちゃんと灰汁も取らないと腹を壊すぞ」
半分ほど残った鍋を焚火に戻すと、クツクツと湯気が上がるたびに鍋の実の量が減っていく。山菜の水分が出てしぼんでいるだけだけど、もったいなく感じてしまう。灰汁を捨てるのももったいない。
煮立つと同時に火から鍋を降ろして、ハフハフと食べる。熱さを気にしていたくない。
「そんなに急いで食うと火傷するぞ!」
「むぐ、ん、むぐうぅ。」
「喋らなくていいから落ち着けって。どんだけ飢えていたんだよ。」
ジルの声があきれ返っている。
「ぷはっ、昨日の昼から食べて無かったんだ。」
昨日の朝もパン屑しか食べて無かったけどね。
塩と野草だけの汁まで飲み干して、やっと一息ついた。腹いっぱいとは程遠いけど、腹の虫を押さえる事は出来たみたいだ。
「ご馳走様。」
「お粗末様。」
「何でジルが言うんだよ?」
「合いの手ってヤツだよ。」
「何だよ、ソレ?」
「それより聞きたいんだが、さっき『失せ物問い』が教えてくれたって言ってたよな。」
「ああ、ジルに落ちている場所を聞かれて反応したんだろうね。今まで森に独りでしか来たことが無かったから木の実も探せるなんて知らなかったよ。」
パチパチと火の粉が飛ぶ焚火を見つめていると、膨れたお腹も暖かくなって少し眠くなってきてしまう。森の木々に揺れる影が余計に眠りを誘う。
「人が失くして無いものでも探せるのか?」
「う~ん。どうだろ?探せない場合もあるね。例えば犯罪者とか。」
「人間はダメなのか?孤児院での話だと迷子は捜せていたようだけど。」
「小さい子は探せるんだよ。だけど自立しているような年の子くらいから難しくなるかな。まあ、裏技があるから迷子だと捜せる可能性がある。けど、自分から逃げているような犯罪者は探せないみたいだね。」
「人間でも変わるのかよ。ちなみに裏技ってなんだ?」
「迷子の子供が身に着けている物を探すんだよ。孤児院が失くした物としてね。」
これのお陰で、孤児院では迷子になったら動かないことが言いつけられている。だから孤児院でのボクの知名度は高い。
でも、迷子になる子なんて滅多に居ないし、いたとしても孤児院からだから報酬も少ない。
迷子を捜せることを知った衛兵から犯罪者を探すように頼まれたけど、探し出せないでガッカリされた。それでも、ありがたいことに、たまに来る落とし物探しに使ってくれるようになった。
「なるほど巧い事考えたな。そうすると動いていても物には反応するんだな。」
「たぶんね。でも聞かれた時の場所しか解らないから、対象が移動してしまえばもう一度探し直しになるよ。冒険者ギルドで逃げたペットの場所を聞かれた時も何度も探し直ししたからね。それに他人から聞かれる事も条件なんだと思う。ペットを探す時も飼い主と一緒に探さなきゃならないものね。」
「となると、オレ達の相性は抜群ってわけだ。」
「どうしてそうなる?」
「オレの『小さな内緒話』で相手にバレずにオマエに尋ねる事が出来るだろ?自分達のタイミングで質問することが出来る。」
「解らないな。お客さんに聞いて貰えば済むことだろ?」
「オレがパン屋の奥さんにバレないように『隠されているヘソクリはどこか?』って聞けるって事だよ。」
「おいおい、犯罪だよ。それ。」
ジルの言葉に眠気が覚めてしまった。奥さんのヘソクリを盗むなんて犯罪の片棒を担ぐなんてゴメンだよ。
「例え話だよ。パン屋のオヤジに告げ口して礼を貰えるって話だ。」
「役に立ちそうも無いし、そうそう上手くいくとは思えないけど。」
「まぁ、お前が寝ている間に少し考えてみるさ。オマエには食いつないでもらわなきゃオレが困るからな。」
「そうだね。ジルは森に置き去りにされたら帰れないものね。」
「まあな。オマエが嫌がったらオレは何もできないし、考えるくらい良いだろう?夜はヒマなんだ。」
「はいはい。勝手にしなよ。んじゃ、寝床を用意するよ。」
持ってきた袋の中からマントを取り出して地面に広げる。ここが今日のベッドだ。
「ああ、そうだ。オレを崖の上に刺しておけ。その方が広い範囲を見張れる。間違っても帰りに拾い忘れるなよ!」
「了解。頼んだよ。」
「任せておけ。」
寝なくて良いって事は居眠りされることが無いから、こういう時に頼りになるね。
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次回:『冒険者ギルド』で恩を売れ。
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