スノーフレーク

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スノーフレーク

みみたは背伸びをすると、菓子箱のベッドから起きて、くぬぎの殻斗(どんぐりの帽子)の洗面器で顔を洗った。水は公民館の水道から漏れる水滴がみみたの部屋に斜めに走るコードを伝って外に流れているので使い放題だ。 外からは明るい光が入ってきているが、ひゅーひゅーと風の音も聞こえる。 みみたは身支度を整え、硬い豆の中身をくり抜いた靴を履くと、プラスチックの床下喚起柵の玄関ドアを開き、外に出てヒゴスミレの花を摘み、帽子にして被った。 見上げると真っ青な空が、風に揺れる茅の葉の上に見えている。 今日は野イチゴを収穫に出る予定だ。 藁を細く割いて作ったかごを背負い、草ぼうぼうの公民館の庭を抜け、アスファルトの道路に出ると、車が来ないことを確かめ、いっきに横断した。 道向かいの酒屋さん「ひじおか」と、そのお隣とを仕切るブロック塀の間を通り、野イチゴの群生地へ向かう。 と、ブロック塀の上から大きなトラジマ猫の、にゃんたが声をかけた。 「おーい、みみた」 しゃがれた声。 「なんだい、にゃんた?」 「今からどこへ行こうっていうんだい?」 「今日はね、お酒屋さんの裏山の土手にある野イチゴをとりに行くんだ」 「ほー、それで背中に籠があるわけね」 にゃんたはブロック塀の上で背を山型に反らせると、ふわりとみみたの横に降りて来た。 「オレもついて行くよ」 「ええー?」 「迷惑そうだな」 「そんなことはないけど、、、、にゃんたは野イチゴ食べないだろう?」 「土手に行けば、冬を越した美味しいバッタがいるかもしれない」 にゃんたは髭を動かしながらじっとみみたを見て言った。 「はいはい。じゃあ、一緒に行こうね」 みみたは笑顔になった。 ブロック塀の間を抜けると、その向こうに山の斜面がそびえていた。 冬の間に枯れた茶色い茅の葉の間にチラチラと赤い野苺の実が見えた。 しかし思っていたところよりもずっと高い場所だ。 野イチゴはあるにはあったが、そこに上るには結構骨がおれそうだ。 「んー。さーて、頑張って登ろうかな」 みみたは背負った籠の紐を胸の前で結び直すと、草の根を掴んで土手を登ろうと足に力を入れた。 すると、横に座っていたにゃんたが見下ろして言った。 「俺の背中に乗りな」 「え?いいの?」 「こんなこともあろうかとついてきたんだよ。耳は掴んでいいけど、髭は掴むなよ」 にゃんたは首を下ろし背中の間にみみたを乗せると、土手をするすると登り始めた。 斜面に生えた草の間を、あっというまに野イチゴがある棚まで登り、みみたを下ろした。 そこには、赤紫の丸いルビーを固めたような野イチゴが、敷き詰められたように実っていた。 みみた自分の頭より少し小さい野イチゴを両手で摘んで、背中の籠に入れる。 5個も入れないうちに籠はいっぱいになった。 かごを下ろすと、胡坐をかいて野イチゴをひとつ、むしゃむしゃと食べ始めた。 口の周りを野イチゴの汁で真っ赤にしているみみたの顔を、にゃんたが覗き込んでいる。 気が付いたみみたが、野イチゴの実をひとつ、にゃんたに差し出した。 「にゃんたも食べる?」 「食べない」 「バッタはいた?」 「いないねえ」 にゃんたは前足の先を揃えてその上に顎を乗せ目を閉じた。 先ほどまでの風は収まり、南向きの斜面には柔らかい春の陽が当たっている。昼寝をするにはまだ早いが、居眠りするには絶好の場所だ。 みみたは、伏せてうとうとし始めたにゃんたにもたれて、空を見上げた。 風に揺られたナズナが、サラサラと音を立てていた。
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