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うとうとしかけていたみみたとにゃんたは、
何者かが、ざざざざと音を立てて斜面を駆け降りる音で目が覚めた。
細長い体、短い毛、素早い動き。イタチのようだ。
糸のような細い目をカッと丸く見開いたにゃんたが立ち上がり
「ひょうすけだ!」と吐き捨てるように言った。
斜面に生えた草のために、ひょうすけの身体は少ししか見えないが、
草の揺れ方で今どこを下っているか目で追えた。
その草の揺れのすぐ上を、大きな鳶が掠める。
ひじおか酒店の裏山の、大きなクヌギの木の上に巣をつくっている大鳶の白爺だ。
「ひょうすけも、白爺も、二人とも老けたなあ」
命がけの逃走と追撃の場面を、にゃんたは笑いながら見ていた。
「なんでひょうすけは白爺に追いかけられているんだろう?」
首を傾げるみみたににゃんたが言う。
「おおかた、白爺の巣の木のまわりの子ネズミでも狙って山に登ったんだろうな」
「年寄っていうけど、二人ともすごい身のこなしだね」
「みみたはまだここに来て二年だから知らないだろうが、二人の若いころは、あんなものじゃなかったぞ」
「じゃあ、昔からおいかけっこしていたの?」
「まあ、そういうことだな」
みみたとにゃんたの呑気な解説を知ってか知らずか、イタチのひょうすけは斜面を降りきって、酒屋の床下にもぐりこんだ。
白爺は道向かいの公民館の屋根にとまり、じっとひょうすけが床下から出てくるのを見張っていたが、やがてあきらめて飛び立ち、空に大きな大きな輪を三回描くと、山頂のクヌギの木に帰って行った。
その日の夜、みみたは公民館の床下の我が家で、野イチゴの粒を石で潰して、ジュースを作り、トックリバチの巣で作った壺に入れていたのだが、戸の外に気配を感じた。
しばらく耳をそばだてていたが、何やら外に獣の臭いがする。
みみたは用心しながら戸を開けて外に出た。
街灯が照らす公民館の裏庭には背の低いハコベがいくつか生えているだけで誰の姿も無かったが、つつじの植え込みの根元に黄色く光る二つの目玉があった。それがみみたを睨んでいる。
「めめた、おまえ儂が白爺に追いかけられているところを見て嗤っていたじゃろう?」
しわがれた声だ。植込みの中にいるが、話の内容からイタチのひょうすけの声だということがわかった。
「めめたって誰?僕の名前はみみたなんだけど」
「うるさい、名前なんてどうでもいいんじゃ。大事なことは、お前が儂を嗤ったということじゃ」
「いや、嗤ってないよ」
植え込みからぬっとイタチのひょうすけが姿を現した。
普通のイタチより二回りほど大きく、歳のせいか黄色い毛の所々が白くなっている。
顔に大きな傷があった。
「儂はもともと小人が嫌いなんじゃ」
「じゃあ、嗤ったの関係無いよね」
みみたもひるまず言い返す。
ひょうすけが後ろ足で立ち上がった。みみたの五、六倍の背の高さだ。
そのひょうすけが鋭い齧歯を見せてみみたを威嚇した。
と、そのときドドドと音がした。
丸々と太った柴犬が、みみたとひょうすけの間に走りこんできた。
みみたに背を向け、ひょうすけに向けて牙を剥いた。
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