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「誰かと思えばポチじゃねえか。なんだ、小人の味方でもしようっていうのか」
イタチのひょうすけが毒づいた。
ぽちと呼ばれた犬は丸々と太った柴犬だ。
みみたを背中に、ひょうすけに向かって牙を剥き、グルルルと低く唸りひょうすけを鋭い目で睨んだ。
「てめえ、こいつに手を出そうっていうならやめとけよ。イタチが犬に敵うと思っているのか?」
「ちっ」
ひょうすけは前足を下ろすと、ぽちに向かって悪態をついた。
そして、するすると植込みの影へと隠れ、逃げ口上を吐く。
「このデブのチビ犬が。小人なんぞに肩入れしおって」
「なんだと?!」
「だから儂は小人が嫌いなんじゃ。降って沸いたように現れたかと思うと、ここに住み着きよって、いつの間にかどいつもこいつも仲間になっておる」
「お前も仲間になったらどうだ?」
「ふん。嫌なこった。儂のケツの穴の黒いうちは、ぜったいに小人なんぞ認めないからな!ももたおぼえておれよ」
「黒いうちは目だろうが。ももたって一体誰だよ」
呆れるぽちを後目にひょうすけは細長い体をくねらせながら、まるで影が走るように道路を渡り、山の斜面の茂みへと消えていった。
「おい、大丈夫か?」
ぽちが黒い鼻でみみたをくんくん嗅ぎながら尋ねた。
「ううん、大丈夫だよ。ひょうすけは脅かすだけで他には何もしなかった」
みみたは両手を広げて首を振って見せた。
「そうか、それならよかったぜ」
「でも、僕がひょうすけに意地悪されてるってよくわかったね」
「ちょっと涼みに外に道を歩いていたら見かけたんでな」
「涼み?まだ夜は冷えるのに?」
「いや、まあ、あれだ。散歩だ、散歩」
ポチは野良犬でもなく飼い犬でもない。
ポチのことを放し飼いにしている我が家の犬だと思っている人がこの町に三人いる。
ひとりは山手の農家のおおつかさん。
ひとりは神社のそばのかみぞのさん。
もうひとりは、隣の集落のおちせ婆さん。
「今夜はどこで寝るの?」
「今夜はおおつかさんちの庭で寝る。木箱に温かい毛布を敷いてくれてるんだ」
尋ねるみみたにポチが答えた。
公民館からおおつかさんの家の庭が見えていた。
そこから散歩にでて、みみたの危機を救ってくれたらしいが何かが腑に落ちなかった。
「ねえ、ほんとは何しに来てたの?」
「えーっと、だから散歩だって」
ポチははずかしそうにかぶりをふり、ふとある方向を見た。
その視線の先は、道路を西に進んだ先の、大きな洋館だった。
二階の出窓が開き、明かりがこぼれている。
薄いカーテンに、犬のシルエットが映っていた。
「なるほど、迫田さんちのお屋敷のりんちゃんを見に来てたのか」
「ち、ち、ちがわい!!だから散歩だって言ってるだろうが」
「ふふふ。りんちゃん美犬だもんね」
みみたが笑う。
「いや、ちがうって。そんな目でみるなよみみた」
「んー、でも、りんちゃんは確かに美犬だけど、ポチとはちょっと....」
「なんだと!!つりあわねぇっていうのか?確かに俺は半分野良犬で血統書もないけどよ、だからってそんな言い方ねえだろう?」
「いやね、そういうことじゃなくて」
ぽちは少しうなだれた。
「もう一年くらい前かな。迫田さんちのお屋敷の前をとおるといい匂いがして、見上げたら窓からりんちゃんが俺を見ていたんだ。きれいな巻き毛とまんまるな目がもうかわいくってよう」
「プードルだもんね」
「そりゃ、野良の芝犬とじゃ釣り合わねぇかもしれないが、こうやって姿をみるだけならいいだろうと思ってよ」
ポチとみみたはふうとため息をついた。
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