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2.モブ役者はイケメン俳優に懐かれる
深夜のコンビニのバイトをしていたら、目の前に国民的大スターな人気俳優があらわれた。
なにを言っているかわからないと思うが、正直、僕にもなにが起きているのかわからない。
そこにいたのは、まぎれもなく東城湊斗その人だった。
というか、こんなにスタイルがよくて顔もいいやつが、世の中にそうゴロゴロしてるはずもないだろ。
「そろそろバイト上がりの時間でしょ?遅い時間で危ないし、俺も撮影がちょっと前に終わったから、家まで送っていこうかと思って」
んー、なにを言ってるのか、意味がわからん。
だれか翻訳プリーズ。
「お忙しい人気俳優様が、なにを仰ってるのか意味がわからないんですけども。そっちこそ、こんな時間なんだから早く家に帰って寝ろよ。どうせ明日も撮影早いんだろ?」
……というか、時間が遅くて危ないってなんだよ!?
深夜に歩いていたら補導されるほど童顔でもなければ、悲しいかな、絡まれそうなほど芸能人として一般の人には認知されていない。
ついでに言えば、僕はれっきとした成人男性だ。
「だって羽月さん、こんなにかわいいし。ストーカーに襲われでもしたら、大変じゃないですか!」
いやいやいや、なにを言い出すのかと思ったら、とうとう忙しさのあまりに、頭までおかしくなったらしい。
かわいいってなんだよ、かわいいって。
「あのな、寝言は寝てから言えよ。それにだいぶお疲れのようだな、目もよく見えてないんじゃないか?」
むしろストーカーがいるとしたら、お前のほうにこそだろうが!
知名度も華もない無名役者に、そんなものいるわけないだろ。
「体調は羽月さんに言われてから、しっかり管理できてます。疲れてることなんかより、よっぽど羽月さん不足のほうが深刻です!」
「うん、お前本当に疲れてるよ、それ。やっぱり早く帰って寝たほうがいいぞ?」
あきれたようにつぶやけば、東城は子どもみたいに口をとがらせる。
「それでも!俺が心配なんです、だって実際、過去にもそんなことがあったし……」
そのあとに叱られた犬のような困った顔で訴えてくるのに、あやうくほだされるところだった。
昔から人懐っこいワンコのように全力で懐いてくるせいで、僕はなんとなくコイツのお願いに弱い。
「あれはむしろ、お前のストーカーだろ?」
───もう1年くらい前になるだろうか、東城湊斗のファンを名乗る女性から、夜道で刺されそうになったのは。
いきなり奇声をあげて襲いかかってきたから思わずよけたけど、そのおかげで僕はかすり傷ひとつ負わずに済んだ。
あの女性がどうなったかわからないけど、東城の所属事務所が大手芸歴事務所としての力をいかんなく発揮して、うまく納めてくれたらしい。
僕としても、これ以上のトラブルはごめんだったし、助かったと思う。
あの一件の原因はよくわからないけれど、一躍人気俳優になったばかりのころに、コイツがやたらと雑誌だのなんだのの取材で僕のことを名指しで尊敬してるだのなんだのと言っていたもんだから、『売れない地味俳優のクセにナマイキだ』とか『無名俳優が先輩面するな』とか、東城のファンからは、これまでにさんざん叩かれてきた。
おかげで一時はメンタルも病みそうになったし、本気で引退も考えたけれど、東城本人に泣いてすがられ、止められた。
それにほだされて役者をつづけることを了承したわけで、だからこうして稼げないながらも、とぎれることなくぼちぼち仕事をしているわけだ。
その襲いかかってきたファンいわく、『僕のほうから東城湊斗に媚を売って誘惑した』というよくわからない言いがかりをつけられたのには、本当にいまだにその心を理解できてないんだけど、しょうがないよな……?
だいたい『誘惑した』って、どういうことだ!?
理解はできないまでも、要はコイツが僕のことばかり話すのがダメってことなんだろ?
だったら、ひたすら距離を置くしかない。
そう思ってこっちは共演NGな相手として、現場でもかち合わないように気をつけたし、可能なかぎり近寄らないようにしているってのに、肝心の東城本人が近寄ってくるんだから困ったものだ。
当初は本人がずっとそばにいて守るだのなんだのとほざいていたし、そんな冗談をさておいたとしても、個人的な警備員だのを送られそうになって、かえって悪目立ちしそうだからとお断りしたのも、今となっては笑い話だった。
そんなわけで、僕にとってはとっくの昔にすぎた話だし、東城が気にする必要もないと思うんだけど、意外にもコイツはスターとなった今でもこうして、たまに僕のところへとやってくる。
お前がそうやって僕のことをかまうから、ファンがイライラするんだろ?
いやむしろ頼む、放っておいてくれ!
そう言いたくなるのも、仕方ないことだとわかってほしい。
コイツ個人は裏表もないし、すごく慕ってくれているのかもしれないけれど、いかんせんそのファンは本人とはちがう。
東城湊斗のファンにしてみれば、せっかくスターダムをのぼりつめたというのに、東城がいまだにことあるごとにデビュー時のドラマの話を持ち出そうとするし、僕の名前こそ出さなくなったものの、世話になった人がいるという話をするもんだから、面白くないんだろう。
それこそ僕のほうが彼にしがみつき、その足枷になって出世を邪魔している存在に見えても仕方ない。
ただ言わせてもらえるなら、断じてちがう、そうじゃない。
ここまで人気が出たのなら、僕のことなんて忘れて、もっと上を目指してもらいたいと心の底から願っている。
だから頼む、そろそろ親離れをしてくれ。
東城が僕に懐いているのは、それこそ卵からかえったばかりのヒヨコが、最初に見たものを親だと思い込む刷り込み現象と同じだ。
右も左もわからない状態で芸能界に入り、いきなりのドラマ主演という壁にぶち当たった東城にとって、業界内の作法だの演技だのを教えてくれた僕は、親みたいなもんだとすりこまれてしまったんだろう。
……うん、とっくの昔に親を越えているんだから、そろそろひとり立ちしてください。
思わず遠い目をしかけたけれど、たぶんこれ、こっちが折れなきゃいけないやつだ。
仕方ないよな、なにしろ相手は大手事務所の大スター、こっちは弱小事務所の無名役者だもんな。
「じゃあこのゴミ片づけたら、上がりの時間だから、裏で待ってて。言っとくけど、ファンにバレたらそのまま帰れよ?」
念のために、クギを刺しておこう。
じゃないと人だかりができてたら、とてもじゃないけど、いっしょに帰るとか無理だから。
「わかりました、おとなしく待ってます!」
キラッキラの笑みを浮かべたアイツは、そのまま店の裏手にまわっていった。
僕はひとつため息をつくと、ゴミ袋の掛けかえを済ませて、店内へともどる。
2年前にドラマで共演していたころは、アイツもしょっちゅう不安があるとか言っていたし、悩みを聞きがてら、本読みの稽古につき合ってやっていたのを思い出す。
そのころはアイツも今みたいに立派なマンションに住んでるわけでもないし、ほかに場所もないからと、うちでやってたな……。
僕の住むアパートは、事務所の先輩の親戚が大家をやっていて、僕のような売れない役者にも理解がある。
おかげで追い出される不安もなく、長らく住まわせてもらっていた。
ついでに部屋の防音性能もバッチリだから、稽古をするのに向いている。
前オーナーだった、今の大家のおばあちゃんの旦那さんが、めちゃくちゃ映画好きだったとかで、アパートの一室を改造して防音のシアタールーム仕様にしていたんだけれど、亡くなって以降、特におばあちゃんは映画には興味がないみたいで、その部屋が丸ごと空いていたわけだ。
そんなシアタールーム仕様になってる部屋なんて、ふつうの人には無用のものだし借り手もないだろうと、売れない役者である僕に対する支援の気持ちから、格安で貸してくれているというわけだった。
うん、ありがたい、持つべきものは、お金持ちの親戚がいる先輩だ。
と、それはさておき。
今はいきなり目の前にあらわれた、東城湊斗のことだ。
国民的な売れっ子になったのだから、本来ならマネージャーさんによる車での送迎があるだろうに、その車は見当たらない。
てことは、ここまで歩いてきたんだろうか?
このコンビニの立地を考えると、近くに撮影スタジオもあることだし、あり得なくはないけど、よくバレなかったな……なんて思う。
それに素朴な疑問なんだけど、なんで僕のバイトのシフトを知ってるんだろうか?
まぁ、今や大人気スターとなった東城に聞かれたら、弱小プロダクションであるうちの事務所の人間は、僕の個人情報だろうとホイホイ差し出しそうな気もするけどな。
あ、たぶんそれだな、うんそれはすごい納得できる。
なんだろう、本人はとても忙しいだろうにわざわざ僕に会いに来るとか、なにかあったんだろうか?
それこそ演技での不安があるとか、そういうヤツなのかもしれないな。
さすがに今度の連ドラの主演は、今までにやったことのあるイロモノドラマや特撮とは勝手がちがう。
なにしろ、ジャンルが恋愛ものだ。
ヒロインは、やはり今をときめく人気の女優さんだし、当然のようにラブシーンだってあるだろう。
せっかく来てくれたんだし、たまには事務所はちがえど、デビューのときから世話してたよしみで、本人が満足するまで話でも聞いてやるか。
不安なことだって、人に話せば案外スッキリすることもあるし。
そう考えていたら、ようやくバイト終了時間ギリギリになったところで、次のシフトの人がやってきた。
特に引き継ぐ事項もなかったから、すんなり交代すると、バックヤードにもどってすばやく着替えた。
ここら辺は、役者やってると必要なスキルのひとつだよなぁ…なんて思う。
さてと、アイツは無事に、ファンにバレずに待ってられてるかな?
人だかりができてたら、申し訳ないけど見捨てて逃げ出そう。
そう思っていたけれど、どうやら無事だったらしい。
東城湊斗は、キャップを深くかぶり、マスクをしていたけれど、その足の長さは隠せない。
街灯に照らされた道ばたに立っているだけだというのに、やはりスターは絵になる。
あぁ、僕がカメラマンなら、もうすでに何度もシャッターを切っていたことだろう。
ただそこにいるだけなのに、人の目をクギづけにする。
その圧倒的なスター性に嫉妬を覚えるしかなくて、思わず僕はため息をついた。
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