クロコールの村

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 もちろん彼女自身、ただの無謀でそのような考えに至ったのではない、ということも説明してくれました。山賊稼業には人身の売買や、人質にとることで金を稼ぐなどの手段があるということ。そもそも皆殺しにするつもりなら取り引きを持ちかける意味がないこと。そしてそれらが目的ならば、それを果たせば山賊は村を解放する可能性が高いこと。だから、こうやって上手く行けば皆が無事に事が収まる算段がつくということ。  そんなことまでも彼女は見通しを立てていたのです。ただ、その恐ろしい未知の存在に怯えるしか出来ないでいた私たちと違って。あのストアさんも、彼女の聡明さには関心していました。  彼女は「何者にもなれない」どころか、それまでも私達を引っ張り、笑顔を与えてくれた存在だったのに。私たちの繋がりを取り持って、「何者か」でいさせてくれる存在だったのに。それでも尚、彼女は臆することなく、真っ先に自分を差し出すという考えに思い至ったのだと、そう感じた時、私は知らず知らずの内に涙さえ流していました。恐らく他の子達もみんな同じ気持ちだったと思います。  ただ、先程も言ったように、他に手段はないように思えました。時間にも身の安全にも、猶予はありませんでした。身震いもする程の危険を承知の上で、村は彼女を差し出すより他なかった。情けなく、匹夫の賊に屈して、村のかけがえのない存在を彼らに引き渡すより他なかったのです。そうしてただ、身勝手に彼女の無事を祈ることしか……。 『大丈夫。私は大丈夫だから。……だからみんな、約束して。みんなでこの村を守ろう』  彼女は最後に、私たちにそんな言葉をかけて来ました。彼女は最後まで、その明るく眩い程の光を瞳にたたえながら。 『ね、これはとても素敵なことよ、きっと。ただの小さな存在で終わるはずだった私、何も無かったはずの私が、この村を救うほどの大役を担えるなんて』  眩しかった。届きたいと思ったんです。その背中に、その瞳に、心に。 『だから約束して。これからはみんなでこの村を守るの。唯一私たちを形作ってくれた、みんなの「絆」で』  みんなは息を飲んで頷き、彼女と指を搦め、頬ずりさえかわしました。涙を流しながら誓いました。彼女の守ったものを、自分たちも誇りを持って守ろう、と。彼女の存在に誓おう、と。
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