耳とナイフと怪物と

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 ある時は身を低く、またある時は横に飛び退いて、レミルは隙を生じぬ連撃を回避する。どうやらスピードでは完全にレミルが勝っており、気を抜かなければ相手にやられるということはなさそうだ。  このままスタミナ勝負に持ち込み、フンババが疲弊するのを待っても良かったのだが、山賊に捕らわれている人間がいるという状況である以上、あまり悠長なことをしてもいられない。何より敵の余力がどれ程のものか分からない以上、その選択はあまり利口なものとは思えなかった。  そこでレミルは入念に相手の動きを観察しながら、片手一本で器用に飛び上がると、背後の木の幹を踏みつけて自身も攻勢に転じる。相手が爪を振り下ろした所に合わせて、無防備な頭部目掛けて飛びかかったのだ。  目いっぱいの反動をつけたレミルの膝蹴りが、的確にフンババの眉間を捉える。軋むような音と共に、魔獣の頭蓋に彼の膝がめり込んだ。今まで逃げるばかりだった人間から半ば虚をつかれたに近い形で攻勢を受け、防御を怠ったフンババは堪らずに腕を振ってレミルを追い払おうとした。 「……っと」  すかさずレミルも飛び上がって、がむしゃらに振り回される剛腕を避けると、空中で一回転を決めてから華麗に怪物の背後に着地する。すぐさまその姿を追おうとしたフンババだったが、渾身の一撃で脳を揺らされた影響は流石に大きく、後ろを振り向きざまによろめいた。
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