耳とナイフと怪物と

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 しかし結果として、フンババの爪がレミルに届くことはなかった。お互いに距離を詰めた結果、自身の至近距離にまで迫ったレミルに対して両手の爪を振り下ろしたことで、そのリーチの長さが災いして爪同士が弾き合い、障害になってしまったのだ。猛り狂い、思考を欠いた魔獣には、その結果が理解できなかった。  レミルは悠々とフンババの懐にまで滑り込むと、不敵な笑みを浮かべて相手の顔を見上げながら言う。 「よう、ご機嫌麗しゅう、肉だるま。木の幹は簡単に切れても、自分の爪同士じゃあそうはいかなかったみたいだな」  そして、がら空きになった怪物の鳩尾、筋肉と筋肉の隙間に的確に肘打ちを叩き込んだ。鈍い音が響き渡り、細腕からは想像もつかない膂力の一撃を見舞われて、フンババは白目を向いて大きく後ろに吹き飛ぶ。そのまま背中から地面に落下し、臓腑の空気を全て吐き出して痙攣した。  しかし、それでもなおしぶとい怪物は、周囲の地面を掻きむしりながらしばし悶えると、おぞましい形相で体を起こし、辺りを見回す。そして今度は、腰を抜かしているマテルナとそれに寄り添うアリアの姿を目に止めた。  レミルとの位置関係を確認してから標的を変更すると、躊躇なくそちらへと飛びかかった。思わぬ反撃をくらったことで、まずはより仕留め易そうな獲物から狙いに行ったのだ。
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