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 見る者すべての目を引き、見る者すべての顔を振り返らせる。容貌魁偉な稲種建は菊五郎縞の着物を着流し、和装ヘアーでばっちり決めた浴衣姿の可憐且つ妖艶な玉木美姫を閉乃固祭(へのこまつり)(豊年祭)に連れて来て春の明るい日差しを浴びながら大層ご満悦である。閉乃固祭とは田縣神社の祭神である玉姫命(たまひめのみこと)夫神(おかみ)建稲種命(たけいなだねのみこと)が迎候する様式の道祖神祭と田楽祭が合体した祭りである。  田縣神社へ向けて御旅所(おたびしょ)の神明社を後にした一行は、天狗の面を被る猿田彦に扮した男を先頭に男根が描かれた大幟や全長40センチ程の男茎形(おわせがた)の供物を赤ちゃんを抱くように奉持した綱持の婦人五人衆、それに祭神御歳神の御神像を納めた鳳輦(ほうれん)と建稲種命の御神像を納めた御前御輿と全長2メートル余り直径60センチもある木製丹塗の大男茎形の御輿を担いだ黒烏帽子を被る白装束姿の男たち、あと、楽を奏でる伶人と大榊持ちと木遣(きやり)の歌い手の神主姿の男たちなどで構成され、街道筋を雲霞の如く埋め尽くした観衆が見守る中、渡御する。で、榊葉を家の神棚に捧げておくと幸運が訪れるという言い伝えを知っている人々は、大榊が田縣神社境内に着くが早いか、大榊の一葉を手に入れようと争奪戦を始める。それはもう芋を洗うような大騒ぎだ。 「浅ましい限りじゃ」と稲種建。 「それもそうだけど、男根型の供物に喜んで触る女たちも浅ましいわ」と玉木美姫。 「子宝に恵まれる御利益に授かろうとしておるのじゃ」 「じゃあ、私、先生の子供を授かる為に触ってこようかしら」 「ハッハッハ!」と哄笑する稲種建。 「冗談で言ったんじゃないわ」と真顔で言う玉木美姫。 「えっ」 「先生だって子孫を残したいでしょ」 「そりゃまあ、わしのDNAを絶やしたくはないが、生涯好色一代男を全うしようとするわしとその・・・」 「何もじもじしてらっしゃるの。先生は好色一代男と仰るけど私しか指名しないじゃない」 「まあ、ミキちゃんと出会ってからはなあ・・・」 「私だけが好きだからでしょ」 「う~ん、まあ、そうなんじゃが・・・」 「何をまた照れながらもじもじしてらっしゃるの。先生らしくない」 「しかし、わしの子供を産みたいってわしと結婚する積もりか?」 「そうよ、私だって先生だけが好きなんですもの。いけない?」 「い、いや、いけなくはないが、愛に歳の差なんてと言うからな。しかし正気なのかい?本気で言ってるのかい?」 「そうよ。気が狂ってるように見えて?」 「いや、そうはとても見えんが・・・」稲種建と目が合った玉木美姫は暫し彼を色目を使って見つめてから含み笑いして、「先生、私だけが好きなんでしょ」と念を押した。 「うん、まあ、そうなんじゃが・・・」 「何を迷ってらっしゃるの。そんなに遊び人でいたいの?それじゃあ私、ずっとソープ嬢よ。他の男に体を許し続けるのよ。それでもいいの?」 「なるほど、そう言われてみれば、そりゃあいかんなあ」 「でしょ」と玉木美姫が言った時、「師匠!」「先生!」と呼ぶ数人の声が聞こえた。稲種建の弟子たちがやって来たのだ。 「お前ら、ここで催される祭りはち○こを祀ってあるからと言って早漏を祝うのでも早漏が直る御利益があるのでもないぞ!よくも恥ずかしくもなくのこのことミキちゃんの前に現れたな!」 「へへへ、師匠。地元の祭りだもの。来るのは当たり前でしょ」と弟子の一人がタメ口で言えば、「僕らだってミキちゃんに会いたいよ」と別の弟子もタメ口で言う。 「お前が馴れ馴れしくミキちゃんと言うんじゃない!お前ら酔ってるな!」 「へえ、流石は先生。よくお分かりで」と弟子の一人がふざけた口調で遜って言うと、稲種建は皮肉を言った。「ここで出るアルコールと言えば皆に配給される神酒と屋台で売ってるビールくらいなものだ。そんなのでそんなに酔ってしまうとは早漏にしかできない芸当じゃな」 「お褒めに与り光栄に存じます」と弟子の一人がまたふざけた口調で御丁寧に礼を言うと、稲種建は間髪容れず怒鳴った。「褒めてねえわ!」  しかし、弟子たちは御機嫌に酔っているから怯むことなく、「しかし、こんな所へ来ると、酔ってなくても開放的になるよなあ。性に奔放になると言うか」と弟子の一人が言えば、「だよな、さっき、観光客の外人女がち○この供物をチューする真似しながら写真撮られてたもんなあ」と別の弟子が言う。 「そうか、アメリカ人じゃろ」と稲種建。 「そうでさあ」とさっきの弟子。 「何じゃ、その答え方わ」と稲種建。 「悪いですか?」とさっきの弟子。 「悪いわ!」と稲種建は稲妻の如く怒鳴った。「ま、それは兎も角、確かに今でこそ、と言うか、ずっと前からアメリカ人たちは堕落したが、昔はエルビスプレスリーが腰を振るだけでPTAの大人たちが子供に悪影響を及ぼすとか言って苦情を漏らす堅い所があったし、大半がキリスト教信者だというのに表現が身も蓋もない。ったく、この祭り自体セクハラと訴えられるべきことなのに外人女のみならずどの女も喜んで参加しておる。女の本性を見るようじゃな」 「女の本性と言えば、ねえ、ミキちゃん」と弟子の一人が馴れ馴れしく呼びかけた。「猫被ってそんなに清楚ぶってないで、あの今、屋台で買って来たんだ。俺が食う積もりだったんだけど、これ、あげるよ。食いたいだろ」 「な、何、それ!」と玉木美姫はしらばくれて驚いて見せると、さっきの弟子が言った。 「惚けないでよ。何処の屋台でもち○こを象った食いもんやアイテムが売ってんだ。況してここはち○こを祀るち○こ祭りだぜ。食いなよ。これ、ち○こバナナって言うんだ。食べたいだろ。ち○こソーセージもち○こ飴もあるぜ。甞めたいだろ。女子高生も甞めてるぜ」 「やだー!」と玉木美姫は大袈裟に嫌がって見せると、別の弟子が言った。 「何がやだーだよ。ソープ嬢の癖に。而も俺たちのち○こ甞めた癖に」 「こら!お前ら!」と稲種建は雷鳴の如く叱咤した。「こんな人がごった返す場所でそんな卑猥なことを言うな!」 「この人たち酷いわ。セクハラだわ!先生もっと叱ってやってください!」と玉木美姫が媚態になって縋るように頼んできたものだから稲種建は、「よし、よし、分かったよ。ミキちゃん」と気持ちでれっとした後、「何がセクハラだ!ソープ嬢の癖に!」と言う弟子の言葉もバネにして意気に感じてこう言った。「こらー!この早漏ども!早漏を馬鹿にされたからって何をほざいとるんじゃ!今直ぐミキちゃんに謝るんじゃ!でないと破門じゃぞ!」 「そうよ。何たって私、ソープ嬢辞めて先生の奥様になるんだから謝っとかないと拙いわよ!」  この玉木美姫の言葉に弟子たちは顔を見合わせ、「えっ、あの、先生。それは本当で御座いますか?」と弟子の一人が真顔で訊くと、「ハッハッハ!」と稲種建は豪快に大笑いして言った。 「酔いが一気に醒めたか」 「あの、そんなことより師匠」と別の弟子が矢張り真顔で受け取った。「ミキさんの言ったことは本当で御座いますか?」 「ま、ほんとうだ」 「そ、それはすごい!」とさっきの弟子が驚嘆の声を上げた。「と、ということは僕たちミキさんと毎日会えて・・・」 「何を期待しとるのじゃ」と稲種建がにやりとすると、玉木美姫はすかさず言い放った。 「私、先生の奥さんになったらあなたたちには何もしてあげないわよ!」 「えっ!」「えー!」「そんな~!」なぞと弟子一同、一斉に憫笑を買う声を上げる。 「ふふふ!当たり前じゃろ!わし一人のものじゃもの。なあ、ミキちゃん」と稲種建がどや顔でにやにやと問いかけると、玉木美姫はまたもやすかさず言い放った。 「そうですよ。ほんとにおバカさんな人たち」  弟子一同、へなへなと項垂れる。 「ハッハッハ!」と稲種建はしてやったりと大笑いした。「お前ら、ミキちゃんがわしの所に嫁入りしてからもし、ミキちゃんに手を出したり変なことをしたら即刻破門じゃからそう思え!」 「は、ははあ!」と弟子一同、立ちどころに平伏す。 「ハッハッハ!」と稲種建は豪放磊落に大笑いした。「他愛のない奴らじゃ。もうお前らの顔は取り敢えず見とうない。早くミキちゃんに謝ってどっかへ行ってくれないか。ミキちゃんと二人きりになりたいからの」 「あの、お言葉ですが、こんなに沢山人がいたら二人きりになれないと思いますが」と弟子の一人が言うと、稲種建は眉間に皴を寄せ言い放った。「たわけ!屁理屈言うな!とっとと失せるんじゃ!」 「は、ははあ!」と弟子一同、再び平伏すや、あたふたと退散した。 「ハッハッハ!」と稲種建は然も満足そうに大笑いした。「わしの一喝にビビッて行ってしまったわい。全く取るに足らない者どもじゃ。あっ、そうそう、奴らに謝らせるのを忘れちゃったよ。ミキちゃん」 「それは構わないですけど、見込み有るの?あの人たち?」と玉木美姫は眉を顰め、怪訝そうに訊く。 「ない。絶対ない」と稲種建はきっぱり言い切った。その岩のような厳つい顔が苦虫を嚙み潰したように苦り切っている。玉木美姫の陰毛一本ですら弟子たちに触らせたくなくなったのである。だから弟子たちが彼の奥義極意を身に付けられるチャンスは完全に消滅したと言って良い。 「なのに指導するの?」 「そうじゃ。月謝が入るじゃろ」 「そりゃそうね。でも彼らの収入はどうなってるの?」 「安値じゃが、俗受けするもんじゃから浮世絵が結構売れるんじゃよ。あとな、イラストレーターっつうのかな。何たって名だたるわしの弟子じゃからな、クライアントとして持て囃され仕事がそこそこ入るのじゃ」 「へえー、あながち馬鹿に出来ないわね」 「まあ、しかし、わしから見れば、たわけに違いない。あいつらはたわけの儘でいいんじゃ。拝殿のち○この御神体に向かって手を合わせて拝んどる者どももたわけ。ここにおるもんはみんなたわけじゃ」 「そうね。ばっかじゃないのって私もつくづく思うわ。ソープに来るお客も先生以外みんな馬鹿よ」 「全くじゃ」 「それにしても何で男根の祭りなんて始まったのかしら?何でこんなバカげたことを続けてるのかしら?」 「子孫繁栄、五穀豊穣を祈願する為なんじゃが、子供以上に大人はたわけたことを考えるもんじゃて。日本人という者は普段、恥ずかしいと思っている事でもみんなでやれば恥ずかしい事でなくなって楽しんでしまう可笑しな国民性があるのじゃが、それは個人よりも集団に重きを置くからであって、つまり集団主義なのじゃ。全く危ぶむべき事じゃよ」 「どうして?」 「どうしてって普段、悪い事と思っている事でもみんなでやれば悪い事でなくなって悪い事を楽しんでしまう事になるじゃろ」 「なるほどね」と玉木美姫が呟いたところで、「おいおい、見ろ見ろ」と稲種建は狂燥の一団を指差した。「ち○この御輿を担ぎ手がみんなで張り切ってぐるぐる回し出したぞ。それを見とる観衆もたわけじゃから押し並べて拍手しとるわ。ハッハッハ!」 「先生の弟子たちも加わっているわ。ふふふ」 「全くたわけた奴らじゃ」 「私、もう、絶対、先生の言うたわけと縁を切りたくなったわ。だからソープ嬢辞めて先生の奥さんになることに絶対絶対決めたわ!」 「そうか、ううむ」と稲種建は唸ってから一寸考え、このたわけた祭りにミキちゃんを連れて来たのは大正解じゃった、ミキちゃんは確かに見る目を持っておると思い、潔く覚悟を決めた。「ようし、じゃあ、わしも女遊びを辞めてミキちゃん一人を愛することにするよ」 「まあ、嬉しいわ!」と玉木美姫は綺麗首を花が咲き乱れるように華やかにし、和装ヘアーの花飾りや浴衣の花柄模様に一層引き立てられた。「ほんとに先生、私と結婚する気になったのね!」 「うむ。わしは可愛いけどAV女優。そんな女でもわしに惚れてわしの女になってくれると言うのであれば、それまでの不義や不浄を許せる男なのじゃ。じゃからミキちゃんを許せ愛せる」  という訳で稲種建はソープ嬢である玉木美姫が男根を祀る祭りに於いてどんな反応を示すか興味本位で彼女と閉乃固祭に訪れたのであるが、意外な展開を見せ、目出度く彼女と結ばれることと相成った。そして、これから先、彼は彼女を妻であると同時に専属モデルとして春画を描いて行くことになった。春画に於ける彼女の相手は人間の男なら当然、自分自身以外には有り得ない。実際に交じり合う自分らを写真やビデオに撮って画像や動画を観ながら如何様にも描き、傑作を生み出して行き、隆盛を極めて行き、名声を恣にした。あのエロい毛筆で以て。しかし、彼は俗に塗れた名声や金より玉木美姫が欲しいのであって彼女だけで沢山なのである。
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