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訃報が届いたのは、年明けからそんなに経っていない、最後に見舞った日の翌日。朝5時前だった。
いわゆる最期を看取ることはできなかったものの、現実はこんなもんだろう。母も俺も涙や驚きは一切ない。早朝であったので病院にはとりあえず俺一人で向かった。
病院に到着し、看護師さんと話す。
「昨日話したばかりなのに。あっけないですね」
「ええ、昨夜容体が急変して…」
「しょうがないです。この後どうすれば?」
「準備が整い次第、安置所にお移しします。御遺族様には諸手続きがあるので後ほどお呼びします。少しお待ちください」
親父の人生最後の1日。たった4時間の短い1日。だが俺たちには、とてつもなく長い1日の始まりだった。
待つ間、ロビーの熱帯魚水槽とテレビを無為に眺める。今日はこれから何を…とりあえず母の準備ができたら葬儀屋に顔を出そう。弁護士にも連絡か。過払金は大して認められず、家を取り戻すにはそれなりの解決金が必要な雲行きだが。ああ最悪だ。
ふと喉の渇きを覚える。そういや起きてからまるで飲み食いしていない。なんだかんだ緊張していたのか。
待合室に並ぶ自販機。コーヒーは…カップベンダーがある。缶コーヒーよりはこっちだな。100円はインスタントか…20円高いがドリップコーヒーにしよう。
俺は120円のドリップコーヒーを買い、渇きを満たす。所在なく連絡を待つ虚な時間。味なんてわかんねー、別にインスタントでもよかったな。
最後の一口を飲み干し、カップを捨てようとして何気なく眺める。
その時、異変に気づいた。カップの底に何か書いてある…?
俺は思わず噴き出した。
【大当たり!もう1杯プレゼント】
…おいコラ親父。親父よ。あんたは取るに足らない父親で、でも俺に音楽とお笑いを教えてくれて、借金まみれで死んでいったよな。
それに飽き足らず、この期に及んで笑わせにかかるのかよ。何だよこのメッセージ。最後にもう1杯だけコーヒーを奢るってか?出来過ぎもいいとこだっての。
…俺はここに至って、初めてじゃぶじゃぶと涙が溢れた。当たりくじを何度も見返して、声を上げて泣いた。
ふざけやがって。ふざけやがって。最後の最後までネタまみれで、しょうもないギャグを…馬鹿野郎、ふざけんな!馬鹿野郎…
このネタ振りでハッキリわかった。間違いなくあんたは俺の親父だ。幸せを放棄した駄目人間である俺の、親父に違いないよ。
昨日最後に話した時、「お母さんを頼む」なんて言ってたな。アホか?どの口が言うんだ。あんたがしなかった分、俺が母を死ぬまで大事にするに決まってんだろ。借金だってさ、俺たちがどうにかするしかないんだろ。
だからさ。
もう、何も心配しないで休んでいいよ。お父さん。
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