親父の一番短い日

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 俺は自分がこうした理由がわからなかった。さしたる愛情を感じていない親父に、最後にすき焼きを食べさせたいと思った感情は一体何だったんだろう。今も答えは見つからない。ま、探してもいないけどな。  母は「あんたは優しいね」と言ったが、優しさとは違う気がして、居心地が悪かったのは覚えている。  この頃には親父は嚥下力が低下していて、普通の食事が難しい状態だった。工場勤めで筋骨隆々の逞しい昭和男は、見る影もなく痩せ細っていた。  もう独力で食事する体力はない。看護師さんの助力を得て、親父は嬉しそうに目で味わった後、食べ始めた。  今どきの病院食も悪くないが、このジャンクなすき焼き弁当のように原初的食欲を掻き立てるものではないもんな、確かに。 「美味いかい?」 「美味い。美味いなぁ」  しばらくその様子を眺めていたが、俺は何故だか一緒にいるのが辛くなって、食事の途中で病院を後にしたんだ。  それからの日々は、特に心が揺れる出来事もなく淡々と過ぎた。肉親の死とはいえ、それが年齢や順番的に順当であればドラマなど起きない。しばらくは穏やかな冬の日が続いた。
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