1 苦手な生徒

9/10
251人が本棚に入れています
本棚に追加
/157ページ
 通常、生徒が職員室に入るのは禁止されていて、生徒が教師に用のあるときは、入り口で呼び出す決まりになっている。  自由な校風でも、ここだけはきっちり線引きされているのが救いだった。   こんな姿、絶対に生徒に知られるわけにはいかない。今までの努力が水の泡になってしまう。  運良く僕の席は、入り口から死角になっているから、本当にラッキーだった。 「実際はこーんなにラブリーなキャラなのに、子供たちの前じゃすっごく無理してるもんねえ。大変だ」   他人事(ひとごと)だと思って……。佐尾先生は綺麗にマニキュアが塗られた爪にヤスリをかけている。僕はすん、と鼻をすすり、佐尾先生を上目遣いで見た。 「そんな目で見ないでよ、こっちがいじめてるみたいじゃない。ほんと、眼鏡外すとめちゃ可愛いのに、もったいないわよね」 「僕なんか可愛くないもん……」 「何言ってんの、可愛いわよ~、すっごく」  軽やかに職員室を出て行く華奢な後ろ姿を見送り、僕は再びため息をついた。  自分でも、かなり無理をしている自覚はある。本心では、生徒たちとフレンドリーに接して、勉強意外の話とかたくさんしたいって思う。  でも……でもだめなんだ。それじゃまた同じことをくり返してしまいそうで怖い。僕は、一人前の教師に成長したいから……。  僕がこの学園に来てから、厳しい教師を演じているのには理由がある。それは、過去の苦い経験からきていた。
/157ページ

最初のコメントを投稿しよう!