1人が本棚に入れています
本棚に追加
灰色と黄金の明細書
スコープの十字線が、人影を捕捉した。
「見つけた。相手も二人だ。……だがこれじゃ――撃てねーな」ソロがライフルを構えながら言った。
その人影は鬱蒼とした木々の間を歩いてる。これでは弾は当たらない。
「流石はベテランのソロさんっ。めちゃくちゃ仕事が早い! ――にしてもわざわざどうして違法ハンター達はこうも明るい満月の夜を選んだんですかね? これだと獲物に逃げられちゃうんじゃ?」
絶壁の端に寝そべるソロの後ろからキョウカが言った。
崖の上の風は鋭利で、キョウカの黄金色に輝く短い髪と迷彩柄のスカートがはためいた。
「『さん』は要らないって言ってんだろ。初対面っつっても同じ特殊生物保護管なんだからよ。敬語を使われると身体が痒くて仕方がねー」
ソロはスコープから目を離さず言った。
「そんなこと言われても年上の男性を呼び捨てって慣れてないというか。それにほら、私はまだ新人ですし」
とキョウカが頬を掻いていると、ソロが振り返りもせず気配だけで睨んだ。
「――おほん。ではソ、ソロ。ハンター達が満月の夜を選んだ理由は?」
「ソソロって誰だよ。どっかのキャラクターか? ……ったく。――きっとあいつらの狙いは子狐だけなんだ。つまり筋力も弱ければ化ける力もない。だから闇に乗じて奇襲じゃなくても問題ないと、高を括っているんだろう。加えて今の時期は親狐がいないことまでよくご存じってな。――ところであの狐についてどこまで知っている?」
「えっと、私達がいまから保護するその対象です!」
満月に向かってピンと挙手した。
「……それ以外にだ」
「ノリ悪いですね……。えーと、確か……、
一つ、SSSランクの超希少生物として世界協定で保護の対象となっている。
二つ、大人の狐は人間の姿に変身できる。または狐に戻ることもできる。ただし満月の夜に一度だけ。また変身するには次の満月の夜を待つ。
三つ、狐の姿のうちは一騎当千で超圧倒的、桁違いで段違いの強さをもつ。しかしその理性も獣になる。人間の姿のうちはその強度に準ずる。
四つ、狐は玉ねぎが苦手……というか食べたら死ぬ。
これくらいでしたっけ?」
「惜しいな。
五つ、人間の体内に狐の血液が入ると【半獣化】して人間には戻れない。狐と同等、いや、それ以上の力を得ることになる。ただし半獣は」
となにかを言いかけて、
「――――いや、まあいいか。半獣なんてのは見たこともねえしな……しかしよく勉強しているじゃねーか。研修で習ったのか?」
キョウカはそうでした忘れていましたと頭を下げ、
「研修? そんなのは受けていませんよ?」
「おいおいそんなわけねーだろ。研修を受けて免許を取得しないと特殊生物保護管にはなれない。一応訊くが……免許証は持ってきているんだろうな?」
「免許……ですか?……ええと……。ねえ、ソロ?」
「……なんだ?」
「今夜は月がとっても綺麗ですねぇ……」
「ああ、こんなに綺麗な満月は滅多にない――っておい!! ちげーよ。ちげーんだよ。ノリツッコミしに来たんじゃねーんだよ。仕事をしに来てんだよ! 狐たちを守りに来ているんだよ! これは『命の取り合い』だ。ハンター達もあの希少な狐を売りさばくために必死だ。一生遊んで暮らせるほどの大金が手に入るからな。気を緩めたら殺されるのは俺らのほうなんだぞ」
「えへへ。すみません。忘れたみたいですね、免許証。……でも……そっか。これって命の取り合い…………なんですよね」
「? ……急になんだよ?」
ソロはキョウカの様子が気になり首だけ振り返るが、俯いていて表情を窺うことはできなかった。
ふうと一息ついてから、キョウカが言う。
「――ソロは、自然の生物を助けることについて、どう思います?」
「……調子狂うな。やめとけ、無駄話は寿命を縮める」
「少しくらい良いでしょう? ハンターから狐たちの巣まではまだかなりありますし」
キョウカは人懐っこそうな笑顔をした。
「……まあいいけどよ。そりゃアレだろう。生き物を助けたいという気持ちは当然だろうーが」
「それだけですか?」声の温度が下がった。
「急に雰囲気変えやがって。怖えだろう。…………ずっと前のことだけどな。あの狐に助けられたことがある。俺が森のなかで傷を負ったとき、人間の姿をした狐が手当てをしてくれたんだ。……だから俺も狐を助けたい。それじゃダメか?」
「……あの狐に恩があるというのはよくわかりました。では言い方を変えましょう。野生の生き物を助けるのは自然の理に反する行為では?」
「なに言ってんだよ。この場合、狐をどうにかしようとしているのも人間だろう。人間が人間を止めて何が悪い」
「意地悪かもしれませんが、ソロは牛や豚を食べるでしょう? それについてはどうなんです? 人間が殺してますよね。でもソロはそれを制止していません」
「…………お前、友達に面倒くさいって言われたことないか」
「ありませんね。友達がいたことなんてないものですから」
「……はぁ。そーだよ。これは俺のエゴだ。…………つまりだなぁ」ソロは一呼吸おいて言った。「――俺はこう思う。自分が生きるために生物を殺すのは仕方がない。それは俺がまた生物であることの証でもある。しかし他方で、生き物を助けたいという気持ちも俺が生物である――人間である証だと思うんだ。目の前の困っている生き物を助ける。自然の摂理なんてものを考えていたらなにも出来ない。これは劇場で観る物語じゃない。現実の生きるか死ぬかの問題なんだ。そこに理論や運命もないだろう。あるのは現実だけだ……違うか?」
「………………なるほど」
「おいおい、名演説をさせておいてそれだけってのはちょっと酷いんじゃねーか?」
「……いえ、すみません。えへっ。つい考えこんでしまいました!」
キョウカの幼い笑顔と声が元の色の戻った。
「……まあいい。つまり俺はこの保護管というこの仕事――とくにあの狐を助けることに大きな使命感を持っている。なんとしても成功させなくてはいけないんだ」
「承知ですっ。私はそのお手伝いをしましょう。……と言っても、ソロがそのライフルを撃てば――」
パン。
パン。
乾いた無機質な音が立て続けに二回鳴った。
「――終わりでしょう。って言おうとしたんですけど」
「ああ、終わった」
ソロはそう吐き捨てると立ち上がり、くすんだ茶色の短い髪が揺れた。
キョウカが双眼鏡を取り出して戦果を確認する。
「ソロは特殊保護管のなかでも特に腕利きだと聞きましたが……。ひぇー。この距離を一発で当てます? それも二人の麻酔銃のみを壊したんですか。……メインの武器を失った彼らは当然逃げるでしょうね」
「これに懲りて泥まみれの足をきれいさっぱり洗って欲しいもんだな」
「そうだといいんですが……ってあれ?」双眼鏡を覗きながら言う。「ハンター達はなにをやっているんでしょう?」
「どうした?」ソロが訊いた。
「……足元に何か設置していますね。なんでしょうか? トラップ?」
ソロが姿勢を戻してスコープを覗く。そして、
「……いや、違う。嘘だろ。あれは……まずいっ!」
ソロが慌てて狙いを定めたが、謎の設置物から突如噴き出てきた白煙がそれを妨害した。
「逃げるための煙幕でしょうか?」
「……そんなもんじゃない。あれは……世界条約で禁止されている薬物だ。大人の狐には効果はないが、抗体の少ない子狐には威力を発揮する。摂取量が多いと死ぬことがままあるから使うことはないと思っていたが……」
「……打つ手は?」
「ここから狐の巣までは遠すぎる。子狐を保護するにしても煙が回るまでに間に合わない。それに俺らが把握していない狐の巣があったらアウトだ。……すまん、俺が武器ではなくあいつらを狙っていたら」
「ではまずあの煙を止めに行きましょう」
キョウカが早口で言った。
「そしたら俺たちは飛んで火にいる夏の虫だ。威力は劣るにしてもサブの武器くらいは持っているだろう。いい射撃訓練にされちまう」
「諦めるのは早いです」
「……諦めないことは誰にでも出来る。だが解決することとはまた別だ」
「――諦めるのは早いです」キョウカがソロの目をまっすぐ見つめた。「私が間に合わせます。乗ってください。――ちょっと理性が飛びますから、うまく操縦してくださいね」
「……なに言ってんだ。乗るってどこに」
キョウカが満月を睨らんだ。
――まずキョウカの身体が異様に膨れ上がった。
下半身。
それから両腕。
骨と筋肉の擦れる嫌な音をしながら細かった身体が筋肉質になっていく。
顔は細くなり切り立った牙が口から覗く。
全身に纏う艶やかな体毛は月光に照らされて黄金色に輝き、体長はソロの二倍を超えていた。
そして、三日月のような鋭い瞳孔がソロを射抜く。
「ど、どうなってんだ……!? キョウカ……お前、狐だったのか……?」
返事はない。
いくら人間に化けられるからと言って狐の声帯は人間のそれとは異なる。それに満月の夜の狐は正気を保つのが精いっぱいだ。
「――そりゃ免許証を持っていないわけだわな」
ソロは無理やり笑う。
「ワォォォォォォォォォォン……………………!!」
キョウカは四肢を地面に叩きつけるようにして、遠吠えをした。
その音圧でソロは吹き飛ばされそうになるが、なんとか堪える。
キョウカは顔だけ半分振り返り、合図をした。
「――ははっ……。乗れってことか」温かい背中になんとかよじ登ると、「なるようになれってな。……よし、あの装置を止めるぞ、力を貸してくれ。キョウカ!」
言うが早いか地面を削り取るように駆け出した。
周りの色という色が休む間もなく入れ替わる。
うねる木々の隙間を身体を捩じらせ通り抜けていき、十人分はあろう幅の川をひとっ飛び。
「……すごい。狐たちはこんな景色を見ていたのか…………」
やがて霧にも似た白煙が立ち込めてくる。キョウカは緩めず、むしろ加速した。
いつの間にか満月は厚い雲に覆われていた。
そして白に白が重なって視界が最悪になったとき――、ひときわ大きくキョウカが飛んだ。
すると。
「ここだ!! よく見えねえがおそらくは。これなら間に合うかもしれない。……でもどうする。煙で装置の位置が……!」
「ワォォォォォォォォォォン……………………!!」
再びキョウカの咆哮。
その振動で刹那にして煙が晴れる。
「……ありがとう、キョウカ。――もう見つけたよ」
姿を現した六角形の鈍く光る装置をソロの拳銃が射止めた。
煙は止まった。
「これで子狐たちは一安心だが……。おい、出て来いよ」
ソロが言った。
木陰から現れたのは、あの二人組。武器はおろか、荷物ひとつも持っていないようだった。
背の低い男と高い男。
年齢はソロより少し上といったところか。
黒を基調とした動きやすい服装で、体格はいい。
「――投降しろ。こっちに狐がついている以上、勝ち目がないことはわかっているはずだ」
ソロが言い、
「……ふたつ、質問させてくれ。いつから保護管は狐を飼いならすことになった?」
背の高い男が尋ねた。
「そんなことしてねーよ。俺もこいつとは初対面なもんでね」
「そうかい。ではもうひとつ。……あんたも狐か?」
「生憎と人間始めて二十年は過ぎたかな」
ソロが氷のように笑った。
「――じゃあ俺らの勝ちだな」
「はっ? 何を言って――――って、おいおい、まじかよ……。虎の威を借りたいのは俺の方……ってか」
狐の変身を一日に複数回見た人間はおそらく、ソロが初めてだっただろう。
気がつくとその場に人間はソロしかいなかった。
代わりに、三匹の狐がいた。
――黄金色のキョウカ。上にはソロが乗っている。
そして赤銅色のやや大きい狐。
もう一匹。瑠璃色のやや小さい狐。
「おいおい嘘だろう。お前ら……。まさか自分たちの仲間を売ろうとしていたのか……?」
「グルゥゥルルルルルル……」
元人間の形をしていた二匹の狐は唸った。
単純に数的不利。
このままでは殺される。
次の瞬間、一瞬身を屈めた赤銅の狐が火の粉のようにソロたちに飛び掛かる。
しかし敏捷性ではキョウカの方が一枚上手。
横に跳ね、それを躱す。
――が、瑠璃色が待ち構えていたかのように突っ込んできた。
「キョウカ!!」
キョウカはすっと伏せるようにすると、前足を軸にコマのように反転した。そのまま後ろ蹴りを瑠璃色に食らわせた。
「キョウカ…‥すげえ、お前強いのか。ははっ。これならなんとか――」
横から衝撃。
「くっ!!! なんだ、どうした……? ――っ!! キョウカ!」
ソロがみると、赤銅がキョウカの脇腹に噛み付いていた。
そして牙が抜かれる。赤い雨が降った。
「ォォォォォォン……」
ソロごとキョウカが地面に平行になっていく。
紅く染まっていく黄金の毛。
血の量はバケツを逆さにしたよう。
赤銅色と瑠璃色はその様子をじっと眺めていた。致命傷は与えたとわかっている。あとは待てばいい。
死にかけの鼠ほど怖いものはないのだ。
狐たちはそれを知っている。
絶体絶命で、為す術はなかった。
「参ったな……。血、止まらねーよ。ははっ。こいつらが満月の日を選んだ理由。もしもの時に変身できるから……か。高を括っていたのは俺の方ってこったな。あーくっそ。狐たちにもらった命、活かせなかった……」
「グルルル……」
切れかけのガス灯のような眼でキョウカがソロを見た。
「ごめんな、お前を巻き込んじまって。きっと仲間を守りたかっただけだよな。人間の手を借りたかっただけだよな。誰も死なないように、誰も殺さないようにしただけだったのにな……」
「グゥウウウウ……」
否定。
ソロはキョウカがなにかを否定した気がした。
それはなにかと考えて、ソロの身体の内側で声が反響した。
「――諦めるのは早いです」
それはキョウカが崖の上で放った言葉。
しかしこの状況でどうしろというのか。
風が、流れた。
そして分厚く濃い雲から満月が姿を現した。
キョウカの鈍い紅に染まった毛が、ふたたび黄金色に照らされた。
「――そうか。キョウカとお前らは狐で、俺は人間だ。人間は狐に勝てるわけがない。大きさもなにもかもが違う。人間が狐に勝つのは生物の理に反するんだ」
赤銅色と瑠璃色が村外れの郵便ポストみたいにじっと見ている。死にゆく者の戯言だと思って黙って聞いている。
「それなら――――」ソロが左の手のひらを天に掲げた。「――それなら、俺が狐になればいいんだ!!」
ソロはキョウカの一番鋭く分厚い牙に、自分の手のひらをぶっ刺した。
ズブッッッッ………………!!
肉が裂ける音。
赤に赤を加えた、真紅の赤。
生臭いにおい。
あったかくてドロドロとした感触。
「へへっ……。流石に痛てぇな…………」
ドクン!
鼓動が一気に早くなる。
ドクン……。
ドクン、ドクン……!!
これは怪我のせいか。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
ちがう。
変化は頭のてっぺんと、尾てい骨に起きた。
頭にはふたつの尖った黄金色の耳。
尻には丸くふさふさとした黄金色の尻尾。
「痛ってえ……痛えけど、力が溢れてくる……。――なるほど、これが半獣の力か……」
それまで様子をみていた赤銅色が本能的になにかを察知したのか、地面を蹴った。
「これは命の取り合いだ。……悪く思うなよ」
そして、赤銅色はソロを見失った。
「……せーのっ」
赤銅色の腹の下から声。
そしてソロは右手の拳を下からただ突き上げた。
その轟音は周囲の木々をも薙ぎ倒す。
「……ォォォオォォン…………」
崩れ落ちる赤銅色。
「……おい、残ったお前。お前だ、青いの。大丈夫だ。こいつは殺しちゃいない。お前も殺さない。殺したくはない。だから大人しくしてくれ」
赤銅色を一瞥すると瑠璃色は、ソロに向かって駆け出した。
「くっそ、そのでけえ耳はお飾りかよ――」
瑠璃色はそのまま倒す勢いでソロに突進した。
が、空を捕まえた。
瑠璃色が見上げる。
そこには満月を背に逆光の狐のシルエット――否、半獣化したソロだ――が空から降ってきた。
「頭突きはな、こうやるんだよっ!!」
そして――。
瑠璃色も赤銅色と同様、その場に崩れ落ちた。
「――へへっ。人間の意地を見たか」
夜の森には再び静寂が訪れた。
立っていたのはソロだけだった。
人間を捨てたソロだけだった。
*
一か月後とちょっとあとの早朝。
「それで! あの二匹はどうなったんですか」キョウカが言った。
緑が揺れる草原に、茶色が一本走っていた。それは固められた土の簡素な道だった。そのうえを馬車がゆっくり歩いている。
二人――いや、二匹はその馬車の荷台に乗せてもらっていた。
「そうか、キョウカはつい先週まで寝込んでたから知らないのか。――つっても起きたらめちゃくちゃ元気になってるし、この前の満月の日に人化したし、すっかり元通りみたいだな」
「私のことはどうでもいいですよ、でどうなんです?」
「ああ、保護機関が捕縛したよ。もちろん特殊牢行きだ。狐が人間の法を破るなんて前代未聞だから、あの二匹がどうなるかは検討がつかないな……。ちなみに子狐たちは無事だったそうだ」
「……そう、よかった……です…………」
「? どうした?」
「いえ……。あの狐たちは、なぜ同族を売ろうとしていたのでしょうか」
「………………わからん。でもきっと」
「きっと?」
ソロは伏し目がちに言う。
「生きるため、だったんだろうな。耳をふさぎたくなる話だが、人間が人間を売ることだってある。つまりは、そういうことだろう」
「でもそのせいでソロが」
言いながらキョウカは上目でソロを見た。
ソロはフードを被っている。そしてぶかぶかの服を着て、尻尾も隠していた。
「まあそんな目で見るな。結構気に入っている。遠くの音は良く聞こえるし、尻尾だって」ソロは尻尾を出すと、器用にそれで顔を掻いた。「――便利なもんだ」
「でもソロは職も住む家も失って、町を追い出されるようにでてきました」
「…………半獣は未だに差別の対象だ。そう。俺は灰色になったんだ。黒でもなく白でもなく半分ずつ。人間の姿でありながらそれを凌駕した力を持っているからな。ま、仕方ないさ」
まだ包帯が巻かれている痛々しい左手でキョウカを撫でた。
「私は今まで人間に紛れて仲間を助けようと生きてきました。しかし私だけでは限界がありました。力及ばず助けられない狐を見る度に、狐たちの――、または人間たち、果ては生物それぞれの命の明細は何が書いてあるんだろうと思いました」
「命の……明細?」
「そうです。命に明細書がついていたとして。なにが書いてあるんだろう。その生き物はなんのために生き、どうして殺し殺され、終わったんだろうと」
「……………………」ソロは黙って聞いた。
「でもソロは言いました。理論や運命なんてないと。そしてあるのは現実だけだと。だから私は現実を足掻いて自分なりに生きてみようと、今はそう思います」
「キョウカ……」
「――さて、ソロはこれからどうするのですか」
「そうだな……。これでも機関のやつらは優しいほうで退職金をたんまりくれたんだ。しばらくは村や町を転々としながら――。ずっと前に俺を助けてくれた狐を探すさ」
いつか礼を言いたいんだ、とソロは続けた。
「だ、だったら! 私は……私は、半獣に対する差別を失くしたい。それと、ソロがずっと安心して居られる場所を探したい!!」
「……時間、かかるぞきっと」
「大丈夫です。私たち狐は、寿命が長いですから」
「――私たち、か。そうだ、町を出る前に買った弁当、食べるか?」
「いいですね。次の町まではまだまだですし。あ、でも玉ねぎ入ってないでしょうね?」
「心配すんな、俺ももう食べられない。玉ねぎ入りなんて買わねーよ」
「ふふっ。じゃあすべての生き物に感謝して――いただきます」
「ああ、いただきます」
馬車は二人の狐を乗せて走り、周りの景色はゆっくりと流れていく。
ソロは思った。
命の明細には何が書いてあるのかなんてわかりっこない。
けれどキョウカといればきっと、自分の明細書も少しは読み応えのあるものなるのではないだろうかと。
このときソロは朝日に向かってぼんやりと、そう思った。
最初のコメントを投稿しよう!