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誰も買わないその花は(1)
「この店はやけに暇そうだな」その野太い声は喧噪に溢れる田舎町の朝市でもよく通った。
店主の若い男が答える。「とんでもない。忙しくて目が回りそうなくらいですよ」
「忙しい? これでか?」
太ったあご髭の男は藁葺きの下にある大量の【売れ残り】を見渡した。
「ええ、とても忙しいです。……なぜ売れないのか考えるのに、ね」
店主は薄い紅色の目を弱々しくして笑った。
「そりゃ確かに目が回ることで……。ん? なるほど……こいつは」あご髭の男が商品を見ながら何かに気がついたように言う。「――あんた、騙されたな」
「……やっぱり、そう思います?」
店主は金髪の頭を掻きながら整った顔を苦くした。
店主は若く、二十代前半――ともすれば十代の終わりごろ。
男性にしては背がやや低く、装いはごく庶民的。
「お気の毒にな。――俺はイーライという」
あご髭の男はそう名乗った。
「ご丁寧に。僕は旅商人のノア、こっちが同行人のシャロ」
「同行人?」
その物言いに贅肉のよくついた首を傾げつつ、示されたほうへ視線をずらすと、店の端に――少女がひとり、立っていた。
少女の存在はまるで場違いで不適当でそぐわない、とにかく異質だった。
腰まで伸びる真っ白な髪と、濡羽色の長いまつげに縁取られた碧の目。肌は陶器そのもので、顔立ちははっきりとしているがどこか希薄。
黒のフードは背中に預けたままで被っていない。膝下まである群青色のぶかぶかズボンから覗く足は頼りなく、右足首の少し上には黒皮のベルトのようなものが巻かれていた。
そして店のふたりは――とても血が繋がっているようには見えない。
髪の色も瞳の色も、雰囲気もすべてが、なにもかもが、違う。異なる。
いや、少女のほうが一方的に異質なのかもしれないが。
「――ああ、同行人って、あの子のことか……。あれ? どっかで見たことが…………。そういえば」イーライが声を潜めた。「――まさかとは思うが、アレ、例の機械人形じゃないだろうな。ほら、開発後すぐにどこの国も法律で禁止になった、脳みそまで人間にそっくりだっていう」
ノアが余裕そうに微笑む。
「――いえ、違います。旅商人の僕が堂々と違法なものを持ち歩くわけないでしょう? それにその機械人形はすべて処分されたと聞いていますが」
「……そうだよな。悪かった。似ていたもんだから。――よろしくな、お嬢さん」
「……………………」
シャロは一瞬だけイーライの方を見たが、すぐに空を見上げると伸びをした。
「……すみませんね。もともとシャロは店番だったんですが、ひとつも売れないもんだから拗ねてあの調子なんです」
ノアが謝罪した。
「……まあいい。ところであんた、どうするんだ?」
「どうする、とは?」
「どうやってこれらを売る気なのかってことだよ」
「……正直なところお手上げです。なぜ売れないかもわからない。買ってくれそうな人がいるんですが、なかなか出てきてくれない様子ですし」
文字通りノアは両手を天に挙げた。
「買ってくれそうな人? はっ、いるわけないだろう、この町に」
「……どういうことです?」
「それについていい話があるんだ。――どうだ、話だけでも聞かないか?」
朝日に照らされたイーライの金歯が鈍く、光った。
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