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帰りは夜空を眺めて歩いていた。どこまでもどこまでも拡がっていく黒に疎らな星と目映い月とがあった。月を眺めると、私の心は満たされる。それはいつでも、空にあるのに、夜にしか見えはしないのだ。私の心は、大事なものは常に見えるものではない、そんなことをときどき考える。空に佇むあらゆる存在の中では、彼が最も思いやりのあるものだった。
地上のものは夜に浸され、その輝きを失っているが時折、車のライトや街灯に照らされたときにその刹那的な姿を現す。彼らがいるのは明るい世界だけで、夜には安らかに眠っている。そうしてまた明日、その新しい存在を躍動させていく、仕事で疲労した私の体は、その様を羨ましく感じ、私も帰って眠らせてもらおうと思った。
私の手は鍵を開け、私の足は玄関を踏み越え、風呂に浸かって疲れを逃がし、簡易な料理を作って食欲を満たし、諸々の雑事を終わらせ、本を読んで余暇を過ごすうちに夜が深くなり、私は、パキラの前に腰を下ろした。
パキラは、私の心にとって最も大事なものに違いないが、何がどう大事なのかという問いには答えることができない。パキラはただただ、私の存在を認めてくれるものなのだ。それは最高の規定だった──
「悪魔の手」「生命の象徴」という、相反しつつもどちらからも偉大さを感じられる異名を有し、世界的にポピュラーな存在であるが、しかし目の前のパキラは、私のためだけにあるものだった。時間をかけて育て、毎夜パキラを眺め続けた。かれこれ5年の付き合いだった。世界にどれだけの数のパキラが存在しようが、それは私にはなんの関係もなかった。
私はパキラを見つめ続けた。ずっとずっと、見つめ続けた。私は認められ続けた。そうしてやがて、寝床に入った。
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