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私の視点が歩道わきに小さく、しかし雄々しく生えた草を眺めながら私の足が歩いていると、すぐ横の車道で男が轢き逃げされて高く宙を舞っていた。
まだ太陽の片鱗が姿を現したばかりの美しい、しかし冷え込んだ朝で、周りには私以外の人は見当たらなかったので、119番に連絡し、私の体は男を歩道まで運んだ。力には自信がないが、男はかなり痩せ細っていて軽かった。あんなに高く飛んでいた理由が分かった気がしたし、私の体もこの男ほどではなくとも痩せているようなので、轢かれればきっと空に近づけるように感じた。
次いで会社に連絡し、轢き逃げの現場に遭ったこと、救急車が来るまでは動けないので会社に幾分遅れるだろうことを伝えた(会社は24時間稼働の交代制なので、必ず誰かがいる)。出たのは私の直属の上司だったので、話はすぐに済んだ。
私の体のそばで男はうめき声を上げて苦しそうだったが、命に関わる状態なのかどうか判断がつかなかったので、私の心は関心を見せずに一息ついて、雲の漂う空を仰いだ。淡青に覆われた陰の入った濁した無彩色が私を優しく見おろしていた。地上が忙しければ忙しいほど、それに気付いたときの彼らの優しさは際立つのだ。私の心は感謝を眼差しに込めて彼らを見つめ返した。そのうちに救急車のサイレン音が近づいてきた。
到着した救急隊員と数語を交わし、私の足は仕事をするために歩き始めた。男を乗せ終わったのだろう、サイレン音が遠ざかっていくと、小鳥の鳴き声が私の耳に響きわたり始めた。そうして会社に到着するまで草木を眺めていく、安らかな時間が甦った。
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