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15日目
15日間も自分たちを監禁した男が今、布団の上で手足を縛られたまま寝転がっている。しかしまだ終わってはいない。全員と目を合わせ、羽鳥が田中を蹴った。ころころと布団から落ちるスーツ姿の男を見て、渡邉は少し笑ってしまった。
「あったよ。」
未だ抗う田中のジャケットを探り、長田は奴の拳銃を手に取った。慣れない手つきで構え、銃口が田中を見下ろす。奴は黒い布の中から声にならない抵抗の言葉を漏らしていた。
「何だよ、聞こえねぇよ。」
形勢逆転、この言葉が最も適している空間だった。藁のように手足を伸ばして枷をつけられた田中は必死に抵抗している。
「離せ、一体何のつもりだ。答えろ!」
下着姿の10人がスーツ姿の男性を取り囲んでいるのだ。彼にとって末恐ろしい光景だろう。渡邉は佐野を見て頷いた。
「おい、何してる。やめろ。」
おそらく布の下から微かに見えているであろう視界を、佐野が右足で顔を踏み付けて塞いだ。渡邉は余裕を持って言った。
「ねぇ、今私何しているか分かる?」
「そんなの分かるわけないだろ、見えてないんだよ、分かるだろ。いいから離せよ。」
その言葉で、10人が出した仮説が確証となった。檻に残ると言っていた派閥の5人も、お互い目を見合わせてからこちらに向かって頷く。もう、終わりなのだ。
「今あんたのペニスを足で蹴ってるんだけど。何の感覚もないの?」
田中は先ほどまで溢していた抵抗の声を止めた。それと同時に鈴本が彼のベルトを外し、勢いよくスラックスを脱がせる。そこに見た妙な光景は、渡邉と羽鳥の予想通りだった。
「いつから、気付いたんだ。」
黒いペニスバンドを白い腰に巻きつけ、そそり勃つディルドを生やした田中が言う。左の太ももにへばりつく彼の陰茎は、ガムテープでしっかりと止められていた。
「樹里ちゃんとセックスした時。ズボンに別の膨らみが見えたの。ファスナーから生えているやつとは違う何かが。最初は拳銃かと思ったんだけど、そんなに太くなかった。それと樹里ちゃんが気付いたの。あれだけセックスをしているのにカウパー腺液すら出ないのはおかしいって。だから2人で仮定したの。あれはディルドなんじゃないかって。やっぱり正解だったね。思ったより小さいじゃん、あんた。」
何も言い返せないようだった。機械音声が止み、静寂が流れる。ここの主導権は10人が握っているのだ。いつの間にかリーダーのように指示を出している渡邉は羽鳥と内海を見て頷いた。佐野が右足を退け、2人が首元まで伸びた黒い布に手をかける。
「やめろ!外すな!」
内海が布を外し、喉元に装着した変声機を羽鳥が乱暴に取り外した。室内の電球で露わになる田中の素顔を、全員が息を飲んで見守っていた。
「あんた、誰…?」
おそらく数人の言葉が重なったことだろう。それほど彼の正体が分からなかった。
糸のように細い目、太い眉毛に膨らんだ頬、薄い唇の周りに青ヒゲと小さなニキビがあった。額の真ん中まで伸びる短髪は寝癖かのようにあちこち跳ねている。渡邉はこの作戦を立てた時、10人のうち誰か1人は田中の正体を知っているのではないか。そう考えていたのだ。しかしこの静寂は、誰も彼の正体を知らない。しかし田中の反応は10人と違っていた。思っていたよりもどこか高い声で奴は言う。
「ふざけるなよお前ら…俺のこと覚えていないのか?」
「申し訳ないけど、多分この反応だと皆あんたのこと知らないよ。」
潰れそうな目がかぁっと見開き、奴は表情を歪ませた。顔だけ見ると同い年、20歳は越えているはずだ。そうなると大学生の自分との接点はあるかもしれないが、中学3年生の守下とは接点があるのだろうか。
その時だ。全員が黙りこくる室内で誰よりも大きな反応を見せたのは、本田絢子だった。
「分かった、分かった…。皆ちょっと来て…。」
これでもかと目を開き、本田は虚ろな表情で輪から外れた。どういうことだろうか。縛られた田中を室内に残し、15日ぶりに女性たちは部屋から出た。檻のある大部屋から一歩出ただけで、渡邉は涙を流してしまいそうになった。自由、頭の中に浮かんだ2文字が全身を包み込んでくれている。しかしまだ完全な自由ではない。だからこそ渡邉は本田の声に耳を傾けた。
「あの人、知ってるの…。」
本田は何かに怯えているようだった。先ほどまで田中のペニスが偽物だったことに対して裏切られたようなショックを抱く悲しげな表情をしていたのだが、今は恐怖に満ちているといった感じだ。
「誰なの?」
そう問いかけた羽鳥を見て、本田は唇を震わせていた。絞り出すような声が鼓膜に張り付く静寂に小さく穴を開ける。
「私普段カフェでアルバイトしてるんだけど、あいつ私がシフトに入ってる時にいつも来るの。店長に聞いてみたら私が上がるとすぐに帰るみたいで、バイト先でストーカーなんじゃないかって…。」
彼女の小さな声に衝撃が走った。まるで接点がない関係性を聞き、全員がその場で思い当たる節を探り始める。次に曖昧な接点が判明したのは長田だった。
「思い出した、あいつ私のバンドのライブに来てた。」
過去の記憶と合致すると全身に鳥肌が立つのだろう。長田は裸のまま自分を抱いた。
もしかしたら自分の働くイタリアンレストランにも来ているかもしれない。もしかしたら自分の過去に長く居座っているのかもしれない。どちらにせよ、未知の恐怖が10人を支配していた。
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