15日目

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15日目

男の名前は坂井健二。東京都は台東区、寂れたアパートに住むフリーター。大学入学と同時に上京。日雇いのバイトで食い繋いでいるという。 「ようやく思い出してくれたんだね…絢子ちゃん、夏輝ちゃん。」 檻の扉に背を預け、パイプと共に手足を縛られた田中は先ほどまでの威勢を無くし、口元を緩ませていた。女性10人を監禁していた田中という人格は消え、粘着質なストーカーがそこにいた。渡邉は奴が淡々と話した情報を読み上げた。 「極端な節約をして貯金を溜め込んで、個人経営のペットショップ跡地を買い取った。有紗のことは映画を見て、真美ちゃんのことは舞台を見て、私と絢子ちゃんと恵美ちゃんのことはそれぞれのバイト先で、後の5人は道端で、って。なんでこんなことしたの。それと、なんでこの10人なの?」 それは渡邉が初日に抱いた疑問だった。おそらく全員がそうだろう。まるで練習した文章を繰り返すように、坂井は言った。 「これは第1弾なんだよ。まず最初の10人を監禁して調教させる。全員が自分に従ったら、殺す。そして第2弾に次の10人。そうやってローテーションさせる計画なんだ。」 訳が分からなかった。なるべく殺すことはないと言っていたはずだ。 「私たちに何か個人的に恨みでもあるの?」 羽鳥がそう問いかけると、先ほどまで笑みを浮かべていた奴は鬼のような形相になった。親の仇でも見るかのように全員を視線で撫でていく。それが妙に気持ちが悪く、渡邉は目を逸らしてしまった。 「当たり前だろうが!お前ら全員俺を傷つけたんだよ。忘れたとは言わせない。だから貯金はたいてこの場所と道具を用意したんだよ。いいか、羽鳥。俺はお前に会いたくてヨガ教室に行ったんだ。それなのに女性専用だと言って突き返したよな、男女差別だろこれは!それにお前もだ!」 きっと睨みつけた奴の視線は守下を刺している。坂井の言葉は止まることを知らない。 「ソフトボールの練習試合、俺はお前のために差し入れを持って行った。俺は見たぞ、俺が差し入れた弁当を、お前は捨てたんだ!ずっとお前の試合を見て、誰よりもお前を応援してきたのに…裏切ったんだ!そして佐野、宮野。何度も映画を見て、何度も舞台を見た。その感想を俺は毎日お前らのTwitterに送り続けたんだ。それなのに2人は俺のアカウントをブロックした!人の優しさを踏みにじったんだ!たかが学生映画、観客の少ない舞台、人気も売り上げもカス同然だ、それをわざわざ応援してやったんだろうが!」 薄い唇は所々皮が剥けており、血が出ていた。赤が混じる唾液を口端から垂らし、乱暴な言葉を止めない。 「板垣、お前もだぞ。水泳の全国大会、俺は見に行ったんぞ。お前専用の段幕まで用意して応援しにいったのに、警備員は俺を連れ出した。その時に言われたんだよ、彼女本人から追放するように頼まれたってな!鈴本、お前はInstagramをブロックしたよな。毎朝毎晩メッセージを送り続けたのに…ひどい女だ!長田。俺はわざわざ、お前がボーカルを務めるバンドライブに誕生日プレゼントを持って行った。捨てたよな?ああ?本田、渡邉!店で俺からの要求に応えなかったなぁ、何故サービスをしなかった!おい、内海。Twitterで二次元キャラクターが好きだとか言っていたよな、わざわざ話合わせるために興味もないアニメを見てやったんだよ。それがどうだ、俺が男だと分かった瞬間ブロックだ。お前ら全員俺を傷つけやがって!ふざけるな!」 上半身全体を使って荒い呼吸を繰り返す坂井は刹那に表情を変えた。般若の面から猫を撫でるような柔らかい表情へ。ただ今はそれが恐ろしかった。 「ただ、今なら許してやるから。全員不問にするからさ。な?これを解いてくれ。殺さないよ、10人全員幸せにしてみせるから。俺頑張るから…離してくれよ…。」 どうやら坂井は感情を用意しているようだった。多重人格に近いものがあるのかもしれない。冷静に女性を監禁する田中という人格、ワガママを叫び散らすクレーマー気質の坂井の中に、女性に対して許しを乞う計画性のないもう1人の坂井。一体どれが本当の姿なのか、まるで分からなかった。 全員が再び黙り込んだ。これ以上自分たちがこいつに何をすればいいのか。このまま逃げるのか、警察に駆け込んであったこと全てを話すのか、今この状況においてどの判断が最適なのか。目の裏を見るように瞼を閉じ、一息ついてから渡邉は坂井を見た。 「今からあんたをどうするか、全員で話し合ってくる。だからそれまで大人しく待っていて。」 10人が扉の奥へ消えていくのを、奴は声にならない声で叫びながら睨みつけていた。その視線を乳白色の背中で感じ、渡邉は乳房の膨らみを揺らして振り返った。 その時に見た奴が、どの人格だったのかは分からない。ただ1つ言えることは、確かにあいつは叫び散らしながら微笑んでいた。
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