92日目

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92日目

空は青かった。10月後半ともなると少し肌寒くなり、3ヶ月前のようにレースのシャツに薄いカーディガンのような軽装だと簡単に出歩けない。日が暮れれば尚更だ。夜になれば10℃を下回ることもしばしば。 新宿駅から中央線高尾行きに乗り込む。15分かけて辿り着いた三鷹駅からはゆっくり歩いて9分程度。住宅街に入って混み入った道を渡邉は歩いていた。 ハイネックの白いニットに落ち着いた色のプリーツスカート。少し見えた踝は黒いコンバースで挟まれている。黒のフードダウンは寒さを防いでくれていた。 「菫先輩。」 どこか鼻にかかった声が背後から飛んでくる。人気のない路地で振り返ると、学生服を着た板垣がこちらに歩み寄ってきた。白いセーラー服が眩しく、深い紺色のスカートが揺れている。垂れ下がった目尻がひどく色っぽい。 「あれ、今日私の当番だよ。久美ちゃんは明後日じゃない?」 ダウンのポケットから白い大理石のような携帯を抜き、時間を確認した。土曜日の14半、この辺りは人通りが少ない。 「午前授業だったんで来ちゃいました。」 しょうがないなと言って2人は目的地に向かった。 古民家のような造りの空き家に挟まれた古びた建物、傍をすり抜けていくとスタッフ用と書かれた扉があった。 もちろん電気は通っていない。入り口の真横に置いてある懐中電灯を手に取り、煌々と照らした。ガラスケースが壁のように並ぶ室内、中央には物が散乱している棚があった。 誰でも気軽にペットショップを利用してほしい、それがここの店長のモットーだったという。しかし近隣住民から鳴き声や糞尿などの苦情が多く入り、市が地下施設を作るようにと命じたらしい。犬も猫も人も、誰かに飼われているということだ。 レジの中に入り、膝のあたりにあるポスターを剥がした。小さめの扉を開けると、浅い階段が続く。自分たちは見慣れた、どこか青白い地下だ。 「やっぱり時期が時期だし、いつもより寒いですね。」 後ろでしゃがみながら階段を下る板垣が言った。甘いシャンプーの香りと柑橘系の香水が薄く鼻に着く。 「そうだね。ここ暖房とか無いのかな。」 コンバースとローファーがコンクリートを踏み、静かな地下に鋭い音が加わった。複雑な廊下を迷わず進み、大きな扉を開ける。広々とした檻の中で、坂井が2人を睨みつけていた。 「やっほ。今日の当番私だけど、久美ちゃんも来ちゃった。」 ボアウエストバッグを棚の上に置き、渡邉は檻の前に立った。92日前まで自分はこの檻の中で15日間囚われていたのだ。過去を思い返してもなおぞっとしてしまう。坂井は全裸のまま手足を縛られてこちらを見ていた。 「菫…菫ぇ、出してくれよ…。」 掠れたような声で奴は言う。昨日の当番は長田夏輝だったはずだ。おそらく彼への恨みから水を飲ませていないのだろう。 ボアウエストバッグを手にとってファスナーを空ける。小さなペットボトルを取り出して檻の前に戻り、キャップを空けて中身を檻の中に注ぎ込んだ。この日のためにわざわざ放置させて黴を生やした水がコンクリートに黒いシミを作り出す。坂井は這い蹲りながらシミを舐め取っていた。その光景を見て、渡邉と板垣は声高に笑った。 「なぁ、まだなのか…まだか…。」 ペットボトルの中身をびたびたと垂らしながら、渡邉は見下ろして言った。 「教えない約束だよ。あの日決めたでしょ、10人1人1人の15日分。計150日をここで過ごすって。私たち10人が当番制で来て遊んであげるって。さぁ、そろそろやろうかな。」 その場にまだ水の残るペットボトルを落とし、檻の周りに並ぶ棚に目をやった。渡邉用と書かれた紙が貼り付けてある棚の前に立ち、黒い革の鞭を手に取る。 「ほら、尻出して。」 檻の扉を開け、奴の白い尻がこちらに向いた。約90日間洗っていない奴の体からは妙に生臭い匂いが香るも、渡邉はどこか慣れていた。勢いよく振り上げて鞭の先端を坂井に叩きつけた。乾いた音と共に奴の短い悲鳴が上がる。自分でも狂ってしまったかのように何度も何度も叩きつけるが、それでも突き動かされた衝動は消えない。鞭を振り下ろす右腕の動きが加速し、肌に張り付く痛みの音も大きくなっていった。 「菫、今日くらい良いじゃないか。俺もう…たまってるんだ…。」 首だけこちらに向け、坂井は眉を下げてそう言った。しかし渡邉の右腕は止まない。 「ダメ。あんたを蹂躙するのは檻の中だけって決まってるんだから。そういう約束をしたでしょ?警察に通報しない代わりに、立場を逆転させろって。」 少し角度を変え、並んだ太ももに鞭を叩きつけた。意外な角度からの痛みに、奴はその日一番の甲高い声をあげた。思わず顔を見合わせて吹き出す。 当番はじゃんけんで決まった。守下、鈴本、羽鳥、佐野、長田、渡邉、本田、板垣、宮野、内海の順番で繰り返される拷問は人それぞれ。渡邉は全員の拷問に一度は付き合ったものの、未だに目も当てられない拷問をする者もいた。 だからこそ渡邉は自分がやられたことを返したのだ。鞭で叩き、目隠しをさせることもある。前々回は電動ディルドを肛門にねじ込んだ。流石にやり過ぎてしまったのか、肛門からの出血で部屋が生臭かったと、本田から苦情が入ったくらいである。しかし渡邉の嗜虐心は余計にくすぐられていった。 「菫、聞いてくれ…檻から出られないなら、せめて、せめてさ…。」 先ほど水を与えたにも関わらず、奴の声はしゃがれていた。鞭が尻を叩く音よりも微かな声量で、こちらをゆっくりと見て言う。 「せめて、檻の中で愛してくれ…。」 何故かは未だに分からない。しかし渡邉はその言葉を待っていたかのように、ゆっくりと微笑んだのだ。鞭の動きを止め、渡邉は右足を上げた。ここに来るまでミリ単位ですり減ったコンバースの裏を奴の大臀筋の上に乗せ、ぐんと体重をかける。渡邉は何も答えなかった。だからこそ、これから坂井をどうしてやろうかを考えていた。蝋燭を垂らしてみようか、ディルドをねじ込みながら首を締めてみるのもいいかもしれない。想像するだけで、プリーツスカートの内部に熱が籠る。いつからだろうか、坂井を拷問しながら膣が濡れてしまうようになったのは。 だが構わない。ただ冷静なままこいつを蹂躙すればいい。後58日。まだ、これからだ。
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