0日目

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空は青かった。ボールを投げたらそのまま消えていきそうな深い青には一つも雲はない。その分コンクリートを刺すような太陽が人々を溶かしていた。皆液状化する前にどこかへ避難していく、生きることに必死といった感じだった。 大学の夏期講習が終わり、渡邉菫は太陽に焼かれながら1人旅のことについて考えていた。 就職活動が始まる来年、残った学生生活を楽しむには時間が足りない。だからこそ渡邉は夏休み期間中に1週間、海外へ行くことを決めたのだった。 ハワイと聞くと一見オーソドックスに聞こえるだろうが、渡邉にとっては初めての海外。小学生の卒業文集には、大人になったら1人で海外へ旅行に行きたいと書いていたものだ。特定の彼氏を作らずにバイトを掛け持ちし、この日のために節約をしてきた。友人はかなり多いものの、1人の時間も大切にしたい。自分の性格でも意外だと思うのは、孤独を楽しめる性格だということ。小学生の時から友人も多く、常にクラスの中で囲まれているような人間だった。もちろんのことながら男友達も多く、バイト先のイタリアンレストランでも、自分はモテていると思っていた。 自宅の学生用マンションに戻り、6階に上がる。606号室の扉を開け、自動点灯のライトが点いた。細い廊下には狭い範囲のキッチンをすり抜け、扉を開けると部屋の真ん中に開かれたキャリーケースがあった。旅行に対するモチベーションは高いが、準備が億劫になってしまうのは何故だろうか。散乱した下着や衣類の合間を縫うようにして、渡邉はベッドに倒れこんだ。 今回の1人旅には現実逃避の目的もあった。薄紫色のカーディガンのボタンを外し、白いレースシャツが露わになる。両足の裏をベッドにつけ、淡いベージュのスカートの中に手を入れた。パンティーのクロッチをなぞると、小さな枕のような感覚があった。 オナニーに関して気持ちいい等という感情はなかった。中学生の時に保険の授業で体の仕組みを知り、友人から聞いたやり方で自慰行為をしたものの、大したものではない。そう思っていた。 もちろんアダルトビデオも見た。セックスやオナニーシーンの際に女性が派手な喘ぎ声をあげているのも知っている。過剰な反応だ、だからこそ渡邉はオナニーをする際、気持ち良さを感じることはない。一時的にストレスをリセットする作業だと感じている。 クロッチの上から柔らかい箇所を中指の腹で押し当て、第二関節から先を回すように撫でていく。陰核を責めている事実はもちろん性的快感を得るが、全く声は出ない。渡邉はベッドの上で自慰行為をしながら天井のシミを見ていた。肉食の恐竜から国民的アニメーションのキャラクター、様々なシミが渡邉の視界を彩った。 徐々に陰核が硬くなっていくのが分かる。渡邉は自慰行為の際に膣口を触ることはない。そのため濡れているという感覚はないのだ。ただ硬くなる陰核を弄っていく。ニキビを気にした学生のようだ。 そろそろ来る、緩やかな波が臀部からじわじわと伝わる。先ほどまで恐竜の形をしていたシミが少し目を離した隙に独特な壺のような形になっていた。そう感じた時に陰核の先端がぴくんと動き、渡邉は絶頂を迎えた。腰が少々大きく動く程度、声を発することなく、天井のシミを見ながらエクスタシーを迎える。どうせこんなもの。渡邉はそう感じていた。 高校2年生の時にできた彼氏と初体験を済ませたが、渡邉はその際に、これが演技なのだと知った。オーソドックスな喘ぎ声を心掛けた初体験は、膣内に少しの痛みを残して終わった。もちろん自分に対して合うペニスと合わないペニスがあるのだろう。今は自分に合うペニスを知らないのだろう、だからこそ渡邉にとって性に関する出来事はつまらないものだった。 何故か妙に疲れている。いつもより増した脱力感から、渡邉の瞼が重くなっていった。小一時間ほど仮眠をとって、それからパッキングしよう。水着だって良いものを選ぼう、1人旅への期待に胸を高鳴らせながら、渡邉は自身の睡眠欲に身を委ねた。
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