1日目

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1日目

「何でこんな目に…。」 散り散りになった10人は檻の中で思い思いの場所にいた。鼠色の鉄パイプにもたれて座る者や、どうも落ち着かないのかループのように歩き回る者、場所を変えて立ち尽くす者。ぼそっと呟いた本田は座り込んだまま俯いていた。 田中が去ってから数時間も経過したような檻の中は、重力が倍になったようで、あらゆる動きを制限する雰囲気がある。渡邉は檻の中をぐるぐると回って考えていた。 一体ここはどこなのか。自分でも驚くほど冷静だったが、それは窮地に立たされないと分からないのだろう。だからこそ今はこの冷静さを利用しないといけない。状況を把握するのだ。 この広い密室は倉庫のような内装だった。工具箱のようなものが金属の棚に並んでいる。さらに扉の脇には布団が畳まれていた。あれは自分たちの寝具なのか、田中の寝具なのか、見ただけでは把握できない。 渡邉の予想では、ここは地下だ。先ほど渡邉が目を覚ました部屋から廊下を抜けてこの広い密室へ。どういう構造なのだろうか。 もう少しヒントはないだろうか、そう考えていたところで何か型に嵌るような金属音が鳴った。開けた扉からペニスを仕舞った田中が姿を表す。右手には変わらず拳銃が握られていた。違う点としては、左手で彼が引きずる台車である。黒いガムテープのようなもので巻かれた小さなペットボトルだ。檻の前で台車を停止させ、田中は言った。 「AかB、飲み物を選べ。どちらでも構わない。全員がAでも良い。毒は入っていないから安心しろ。」 檻の扉を開け、田中は台車を引き寄せる。ここで仕掛けよう、渡邉は一歩前に出て言った。 「毒味をしてください。保証がないなら飲めません。」 あの布のどこを見れば田中に伝わるのだろうか。そう考えた時には、渡邉の視線の先に銃口があった。丸く小さい黒い点。あそこからいとも簡単に人を殺す弾が放たれるのだ。 「渡邉菫。早速の口答えか。まぁいいよ。」 田中はそう言ってペットボトルを手に取った。黒いガムテープの上には白く太い文字でAと書かれている。器用に親指のみで蓋を開け、田中はこちらに背を向けた。布がはだけてはいるものの何も見えない。ただその首の動き、微かに聞こえる喉越し、奴は確かに飲んでいる。せっせと布を直し、田中はこちらを振り向いてAと書かれたペットボトルを逆さに向けた。水滴が2つ、ゆっくりと落ちる。渡邉は呼吸を整えて言った。 「Bも飲んでください。」 その時だ。田中が微かに笑ったような感覚がしたのだ。布の奥で吹き出したような、小さな笑み。本当に何もないのだろうか。田中はBと書かれたペットボトルを持ち、再び背を向けた体勢になった。先ほどと同じ音。飲み終わったのか、こちらを向いて同じくペットボトルを逆さにして言う。 「これで毒がないことは分かっただろう。それにこれから数日間もかけて俺を射精させるお前らをこんなにもすぐに殺すわけがない。さぁ、AとB、それぞれ10本ずつある。選べ。」 もちろん毒に関する知識はない。ただ何の躊躇いもなく飲んだ田中の反応は至って普通だった。まだ田中への情報が不足している状況で無理に歯向かうのは危険だ。 ぽつりぽつりと10人がペットボトルを手に取る。渡邉は何気なくAを選んだ。 「じゃあ全員飲め。」 淡々とした田中の指示に、全員が恐る恐る従った。喉の渇きからか一気に飲み干す者もいれば、恐る恐る口に流し込む者。渡邉は後者だった。 「普通の水だろう。」 檻の扉を閉め、パイプ椅子を軋ませて田中は深く腰掛けた。両腕をだらんと下げて顔を天井の方に向けている。一体これは何なのだろうか。ただ自分たちが水を飲むだけで田中が興奮するとは思えない。妙な味もなかった。田中の目的が分からずにいた。 数分経ち、田中が立ち上がった。檻の扉を開けてポケットをまさぐっている。 「そろそろだな。1人ずつ並べ。」 それからは淡々とした作業が続いた。順番は関係なく田中の前に並ぶと、奴は10人の両手首を縄で縛ったのだ。渡邉自身は縛られるという経験がないため、妙な痛みを感じていた。AとBに分けられた飲み物を飲まされ手首を縛られる。疑問を呈したのは板垣だった。 「あの、これは何ですか?」 どこか鼻にかかった声が室内に響く。田中は身動きせずに言った。 「もうそろそろだ。あぁそうだ、A飲んだ奴は左側、B飲んだ奴は右側にずれてくれ。」 なんてことない指示だったが、拳銃を振った指示であるために全員が機敏な動きで移動した。渡邉はなるべく後方にいたためにAを飲んだ人間が自分を含めて4人いることをすぐに把握した。内海、本田、守下が自分の目の前で不安そうに立ち尽くしている。 檻の中で最初の違和感を覚えたのは、羽鳥だった。 「あの、トイレに行きたいんですけど…。」 自分の右側で両足をくねらせる羽鳥が言った。何やらAを飲んだ4人、Bを飲んだ数人も同じように足を交差していた。なんだろうか、一斉に全員が何かを我慢しているような状況だと頭の中で思った時、渡邉の下腹部にずんと何かが重くのしかかる感覚があった。 尿道の先に熱い感覚がじんわりと染みる。自然と渡邉も他の9人と同じ体勢をとった。ベージュのスカートの下で熱がはち切れていきそうで、必死に力を込めて抑える。渡邉は数歩前に出て、田中を睨みつけながら言った。 「あなた、利尿剤を投与したの…?」 天井を見続けている田中の顔がくるっとこちらを向いた。ロボットのような動きが妙に気持ちが悪い。布の下から機械音声が聞こえる。 「ここからだな。Aには利尿剤、Bには下剤を仕込んだよ。」 檻の中に荒波のようなざわめきが走った。全員が体をくねらせている状況を田中は体勢を直して眺めている。肩が小刻みに揺れている、この状況を楽しんでいるのだ。渡邉は語気を強めて言った。 「あなたさっき飲んでたじゃない!」 「そりゃ差し替えるに決まってるだろ。どうせ先に飲めと言われるだろうと思っていたから利尿剤も下剤も無い飲み物を用意していたんだよ。君たちが醜態を晒せるようにね。」 歯を食いしばり、全員が中腰になっていた。どこか切ない声が漂う。数分が数時間に感じる、引き伸ばされた空間が重い。しかし10人もいるために決壊の先駆けは早かった。 「あっ、ダメ。もう出ちゃう。待って。」 B側の後方で距離を空け、宮野が膝を曲げて上半身を前に倒していた。宮野がそう口にした途端、布に密着した狭い空間の間で破裂音が鳴った。渡邉を含む他の9人は目を離せずにいた。 薄い水縹色の尻が茶色に変色し、ジーンズの裾から同じ色の液体がつーっと垂れる。もう宮野は限界を超えたようだった。肛門があるであろう箇所が拳ほどの大きさに膨らみ、徐々にその数が増えていく。年齢が近い女性の脱糞姿をこの近くで見るのは初めての経験だった。 「あ、あぁっ…見ないで…。」 どこかふくよかな両足が下剤による液状の糞で変色していく。一足先に限界を迎えた宮野はその場にへたり込んだ。 布の奥でけたけたと笑う田中を余所に、分かっていたはずの事実が9人を襲った。人間特有の排泄物の臭いが室内を満たす。おそらく怖いほど容姿端麗な男性や女性でも同じような匂いを発するのだろう。誰もが分かりきっているその事実が突然顔を覗かせて、9人を刺激した。全員が限界の瀬戸際を迎えている中で、その臭いが他の犠牲者を生んだ。 「漏れちゃう…ダメっ、あぁっ。」 渡邉の前で両足をくねらせる内海が深い紺色のスカートを縛られた両手で抑え、限界を宣言した。それと同時にびたびたとコンクリートに派手な音が冷たいグレーを黒く染めていく。薄い黄色の液体が渡邉の目の前で小さな水溜りを生んだ。 崩壊の波は早かった。誰かの失態が自分の隙の糸を緩めてしまうのか、AとBから一斉に排泄音が鳴り始め、一気に室内が排泄物の香りで満たされる。そんな極限の状態で渡邉は腰をくねらせていた。ここで漏らしてしまえば相手の思う壺だ。両の太ももを擦らせて決壊を防ぐ。しかし段々と下腹部が膨らんで熱くなっていった。 「後は羽鳥、鈴本、渡邉か。」 田中はそう言って立ち上がり、檻の周りをぐるぐると彷徨った。美術館で絵画を鑑賞しているように両手を腰で組み、自分たちを眺めている。田中の方向を見る余裕はなく、それが全員が決壊する決定打となってしまった。 視界に無い方向からの銃声は最初聞いた時よりもインパクトは倍で、全身が鼓膜になった感覚だった。 「あっ、出る…ダメ…。」 言葉と尿が漏れたのはほとんど同じタイミングだった。太ももで密閉された空間に迸る液体の音が檻の中で起こった。羽鳥、鈴本も限界を迎えたようで、へなへなとその場に倒れ込んで大きな屁の音が二、三度破裂する。排泄物の嫌な香りが上乗せされて、10人全員が決壊した。 「これで分かったよ、どうやら俺にスカトロの癖はないようだ。」 けたけたと布の中で笑い、田中は扉の前にゆっくりと戻った。渡邉は太ももから流るる尿を肌で感じながら田中を睨みつけていた。彼女の気持ちを代弁したのは、10人の中で最初に決壊した宮野だった。言葉をぐっしょりと濡らして叫んだ。 「何なのこれは!ふざけないで!」 その罵声に田中はぴったりと足を止め、檻の中に拳銃を向けた。素早い所作がより恐ろしく感じる。 「うんこ漏らした女が叫ぶなよ。くせぇから。」 股から踝にかけて伝わる温い感触が気持ち悪かった。張り詰めていた糸が切れた開放感はあるものの、この場で尿を漏らしてしまったという事実だけは認めたくない、渡邉は呟いた。 「屈辱…。」 静かな部屋の中で溢れた怒りを聞き、田中は銃口を渡邉に向けた。排泄物の臭いに加わった小さな煙の香りがする。 「そうだ。俺はこれからもお前らに性的な屈辱を与えていく。せいぜい耐えて、俺を射精させてくれよ。」 拳銃を下ろし、田中の笑い声と糞尿の香りを部屋に残したまま、奴は部屋から出て行った。 「何なのこれ…。」 ぼそっと呟いた羽鳥の声が檻の中に染みた。 あれから田中は大量の水が入ったバケツとホースを持って檻の中を洗浄していった。全員分の着替えを用意していたようで、替えのジーンズやスカート。全員がそれに着替え、消臭剤や換気を施した室内は、最初に来た時よりもむしろ良い香りだった。放水したために濡れている床を撫でて、渡邉は言った。 「ねぇ、自己紹介しない?ここは皆のことを知って協力していった方がいいと思うの。名前はもう知ってるだろうけどどこの学校行ってるとかさ。」 檻の隅で言った渡邉の言葉に皆反応し、それぞれ頷いた。 「じゃあまず私から。渡邉菫、工栄大学3年生です。」 まばらな拍手が起こった。中でも特に反応したのは板垣だった。 「私工栄大学目指してるんです、なんか親近感。」 そうなんだ、と言って2人は微笑んだ。1時間前まで糞尿を垂らしていたとは思えないほど穏やかな空間が流れる。糞の汚れが付いた濃い紺色の靴下を脱いだ板垣がふくらはぎの肉を揺らして立ち上がった。 「じゃあ流れで私、板垣久美です。京奏高校3年生です。よろしくお願いします。」 それから全員が役職と改めて名前を名乗り、その都度まばらな拍手が徐々に大きくなっていった。何も知らない者たちが集まってもいざとなれば距離が縮まるのだ。熟人は不思議な生き物だと感じる。 「これ、さ。どうなるのかな。」 地元でヨガのインストラクターをやっているという羽鳥が呟いた。糞で汚れたパンティーを脱ぎ、めくったスカートの裾から少し太めで筋肉質な足がすらっと伸びていた。 「あいつを射精させるのが条件って…本当意味分からない。」 はぁとため息をついた宮野は学生ながら舞台に立つなど女優の活動をしているらしい。彼女もジーンズとパンティーを履き替えてグレーのスウェットパンツ姿だった。膨らんだ白い足は良い肉付きで、風船のようだった。 「もう嫌、帰りたい。」 都内でも有数の進学校である総応大学付属高校に通う2年生、内海はパンティーを脱いで体育座りをしていた。渡邉の角度から彼女の膣が見えているものの、何も言わなかった。短い陰毛から見える柔らかそうな小陰唇から視線を剥がし、渡邉も彼女の言葉に頷いた。 「怖い…怖いよ…。」 赤橋中学校に通う3年生の守下もパンティーを穿いていないのだろう。小麦色の両足を折り曲げて座っていた。彼女は未だに声が濡れている。 「でもどうすればいいんだろう。さっきだって手出してこなかったし。」 グレーのショートパンツから乳白色の両足を伸ばし、鈴本は首を傾げていた。海外旅行が趣味だという彼女とは気が合いそうだと渡邉は感じていた。 「あいつ何なの。本当むかつく。」 口を尖らせて言う長田は大学2年生、軽音サークルに所属しているらしい。足を大きく開いているためショートパンツから小陰唇が顔を覗かせている。まっすぐな太い足は焼けていた。 「従うしかないのかな…私まだそういうことしたことないのに…。」 格子柄のスカートの裾をたなびかせ、本田は消え入るような声で呟いた。同学年だがどこか幼い顔立ちをしている彼女は檻に背を預けている。 「これからもって言ってたよね、じゃあ覚悟決めるしかないんじゃない?」 佐野はショートパンツを履き替え、白く細い足を伸ばしていた。彼女は学生ながらにして授業内で製作した映画の主演を務め、賞を貰っているらしい。 金属音が鳴り、扉が開かれる。田中は再び台車を連れて部屋に入ってきた。全員が身構えたが、何やら腹が減るような香ばしい匂いがする。 「お前ら、飯だ。」 檻の扉を開けて台車を前に寄せ、その上に並ぶ白い包みのようなものを檻の中に放った。この香りはハンバーガーだ。 「安心しろ。買ってきたやつだ。何も細工はしていない。」 全員がハンバーガーを手にすることなく、田中を睨みつけている。長田は足を開いたまま言った。 「証拠はあるの。」 「証拠はないな。何せただ買ってきたやつなんだ。それにお前らには俺を射精させるという義務がある、餓死させるわけにもいかないんでな。」 渡邉は扉の方へ進み、包みを手に取った。機械のようなもので密閉された包みを解くと、肉と香辛料が香った。振り返って全員に頷く。これは本当に何も細工されていない。 「飲み物も買ってきてやった。利尿剤も下剤もない、これ以上ここが汚れて臭くなるのは嫌なんでな。」 黒いガムテープの無いペットボトルが放り込まれ、田中は空になった台車を引いて部屋から出て行った。 おそらく田中の目的は、本当に自分たちに射精してもらおうという魂胆なのだろう。ただそうなると、彼が持つ性への執着心が恐ろしく感じてしまう。 こうして1日が終わった。
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