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『同じクラスの、与謝野明子って女です。イジメの主犯格で、本当にひどいんです』
「ずいぶんレトロな名前だね?」
電話の向こうが黙り込んだ。やれやれ、どこから私の情報をつかんだか知らないが、そんな安い嘘で人殺しの依頼が成り立つとでも思ったのか。
「悪いが学生さんの悪戯に付き合うほど大人は暇じゃないんだよ」
『イジメは……本当です』
イジメがあるのは本当らしい。つまり主犯格の名前は嘘ということか。やはり本気ではないな、と嘆息する。
「どこにでもある話だ。学生ならまだいい、卒業という名のチャイムが必ず鳴るのさ。本当の地獄は社会に出てからだよ。今のうちに対処法を学ぶんだね」
『お願いします! ここに電話したら引き受けてくれるって!』
「安くはないよ。そんなくだらない相手のために一生を棒に振るのは惜しいと思うがね」
『そんな……』
「手付金は最低400万からだ。払うかい?」
『お支払いします』
「残念。引き受けるのは三年後だよ、学生さん」
あの! とかまだ叫んでいる相手を放って通話を切った。
「チロル、いい子だ」
呼ばれて褒められたことがわかるのか、パタリと地味な動きで尻尾を振っている。垂れた耳が可愛らしさを醸しだすが、この犬は元猟犬だ。猟場でイノシシ用の罠にかかって怪我をし、働けなくなって捨てられた過去を持つこの犬は、殺処分寸前に出会い、譲り受けた私以外には懐かない。
人に使役され、忠義を捨てられ、人に殺される運命だった犬はかわいそうなほど震えていて。
人に触らせもしないのか栗色の毛並みは薄汚れて、上目遣いに私を見ていた。
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