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「今度、告白しようと思うんだ」
台所に立つ私に彼はそう宣言した。
「ふーん。今の彼女に?」
「それ以外に何があるのさ」
二組のカップを用意しながら「まあ、それもそうね」と、菓子棚にまとめられていたお気に入りの紅茶パックを取りだす。
「で、今度はうまく行くの?」
「ああ、きっと大丈夫さ」
「『きっと』ねぇ、前もそう言ってなかった?」
彼に背を向け笑いながら、ケトルで温められたお湯をティーパックの入ったカップの中へ注いだ。パックに叩きつけられたお湯はその色を紅く染めて、薔薇の心地よい香りを広げていく。
「良い香りだね」
「でしょ? お気に入りなの」
適当なお茶菓子を用意して「自家製のローズティなのよ」と彼の目の前にカップを置いて、テーブルを挟んで正面に座った。
「手作り? 相変わらず凄いね」
「なれちゃえば簡単よ」
「でも、普通の人は作ろうとも思わない」
「あら? 私が『普通』じゃないって?」
「そういうことじゃないさ」と彼は笑いながら紅茶を口にする。
「うん。美味しい」
「当たり前でしょ」
私もつられて一口飲む。
「最近凝っちゃってね。何か作れないかなって」
「不思議だよね。料理も上手いし可憐なのにまだ独り身なんて」
「あら?」手にしたカップを置いて彼を見つめた。「じゃあ、君の告白が失敗したら私のこと貰ってくれる?」
「えっと……それは……」
「そんなんじゃ告白なんて成功しないわよ」
いつもそうなのだから、と思いながらもそれを口にはしない。
「君は昔から変わらないよね」
カップを再び持ち上げて、残りの紅茶を一気に飲み干す。
「幼稚園の頃もそう。オモチャを貰うときにずっと迷って、結局余り物になったのだから」
「その時とは違うよ」
「あら? でも、今一瞬迷ったでしょ? 私か、彼女か」
「そんなことはないよ」
「ふーん……いいわ、そういうことにしてあげる」
そうして、立てた人差し指で彼の額を小突いた。
「さて……」座っていた椅子から音をたてながら立ち上がり「そろそろ行かなくてもいいの?」と彼に告げる。
「うん。そうだね」
「私がついているのよ。失敗しちゃ駄目だからね」
玄関に向かう背中にかける言葉は届いたようで、彼は振り替えることもなくただ右の手を振りながら向かって行った。
『バタン』と扉のしまる音を聞きながら、今この場所に私一人だけであることを確かめた後、糸が切れたように座り込む。「はぁー」と大きめなため息を吐き出して「失敗してくれないかな、告白」と聞かれてはいけない言葉が出てきてしまう。
幼い頃からの付き合いで、姉弟のように過ごしてきた。だから本当は彼の幸せを願わなくてはいけないのに、今は不幸を望んでいる。
「どうして、なのかな……」
この気持ちに気付いた時には、もう遅かった、彼にとって私は『姉』私にとって彼は『弟』ずっとこのままであればどれ程良かったのだろうか。
空になったカップを片付けるために立ち上がると、食器棚手前に飾られていた赤い薔薇が落ちていた。
無言のままそれを拾い、もう古くなった事を確認してごみ袋へと投げ入れる。
彼の不幸を望む私に、この言葉を言う権利なんてありやしない。彼が来る度に増えていく赤い薔薇の花言葉は──私はあなたを愛しています──
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