人魚姫異聞〜それって○○○○じゃねぇの?〜

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『オレさ、今日人魚姫に会っちゃったんだわー』  電話口でそんなことを言われて、俺は思わずゲーム機から視線を外しスマホの画面を見た。  画面に映るレンの顔はいたって普通で、俺をからかっている気配はない。ちょいちょいキメ顔でこちらを見てくるのがウザいが、ナルシストゆえ仕方がない。  ナルシストゆえなのか、レンは嘘をついたり人をからかったりしない。だから、これはきっと本当のことなのだろう。 「人魚姫って、なに? コスプレしてるやつでもいたの? 自粛しろよ、家から出るな」 『いや、コスプレとかそゆんじゃなくて、お魚系女子ってゆーの? ほぼ魚、でも女の子って感じの子に出会っちゃったんだわ。海岸で』 「海岸って……お前も家から出んなし」 『いや、でもオレんちの前って海だから仕方なくね』 「あ、そっか」  今、世界規模で大変なことが起きていて、この国でも外出自粛が呼びかけられている。働いている人は無理な話だが、学生はどうにかなるだろって思われているのか春休み前から休校措置が取られているし、いつ再開されるのか今のところわからない。  若者はとにかく家にいろという感じだし、俺もいたほうがいいと思っているんだが、若者を家に閉じ込めておくのはなかなか難しいことらしい。  俺はちょうど最近発売された『うるおせ 人間砂漠』という人気ゲームをやるのに忙しいが、インドア派じゃない連中はストレスを溜め込んでしまうだろう。  だから、レンがちょっと散歩に出てしまうようなことがあっても、あまり強くは責められない。  それに、レンが「みんなに海辺の景色をお届けするぜ」と家の近所の景色をSNSで投稿するのはいつものことだし、自称“海辺の町”、実情“漁村”なあいつの住んでるところは過疎ってるから、そこまで心配することはないと思う。  本人は相当におしゃれで“映(ば)え”だと思っている海辺ははっきり言って磯だし。ある意味、そういうのどかな海と空の写真はエモいとは思うが。……キメ顔のレンがいつも写り込んでいなければ。 「で、何? そのお魚系女子って」  わざわざ電話をしてきたということは、何か特別なことがあったのだろう。早く用件を聞いて電話を切ってしまいたいと思っているから、俺はレンに話すよう促した。『うるおせ 人間砂漠』略して『うるさば』は、今期間限定のイベント中で忙しいのだ。 『みんなさ、家に閉じこもりきりで超萎えるじゃん? だから、アガる写真でもいっちょ投稿すっかーと思って外出たわけよ。オレんち、オーシャンビューだし』 「漁村な。オーシャンビューってか、見えるのは漁港か磯だろ」 『んでさ、やっぱ最高なのは「空と海とオレ」なわけじゃん? だから、一番いい角度を求めてたら、なんと写ってたわけ』 「なにが?」 『オレに恋して陸に上がってきちゃった人魚姫!』  レンの話は長いしわかりにくい。ノリと軽さで話す癖に長い。まるで大きすぎる綿菓子みたいに。すべて食べ尽くす頃には口の中が甘ったるくなって胸焼けがしてきそうだ。かといって腹が満たされることはない、そんな身にならない長い話。  俺は聞きながら、段々とイライラしてきた。  レンの話を要約すると、こうだ。  映える写真を撮ろうと海が見える場所に行って、自撮り棒を使って最高のライティングな場所と角度を探していると、少し離れた背後に得体の知れないものが写り込んでいたらしい。  自分のことを熱心に見ている気がして近づいていってみると、そこには“お魚系女子”がいたのだという。  そしてそのお魚系女子は、レンに必死に何かを訴えてきたそうだ。 『お魚ちゃんさ、何かめっちゃピカピカしててキラキラしてて、オレ、ドキッとしたわけ。で、オレに何か一生懸命言ってくっから、とりま聞いたよね。LINEのID』 「いや、聞くなよ。聞くなら話聞いてやれよ」 『控えめ女子でちょいツンデレっぽいから、オレからいってやんなきゃかなって。だって、人魚姫が陸に上がってきてるわけだし。ま、ぶっちゃけちょっと何言ってっかわからんから、LINEのほうが気軽かなーって』 「で、聞けたのか? 連絡先」 『ううん。やっぱ頑張って陸に上がってきたっつっても、惚れた男を前にすると緊張すんじゃね? 昔の歌で、「見つめ合うと素直におしゃべりできない」って言ってっし。オレ、女子を緊張させちゃう系のイケメンだし』 「……」  やっぱり、レンの話は一向に進まない。  ぶっちゃけこの話に興味はないが、わずかに気になった肝心のお魚系女子が訴えてきた内容にまだ入らないのがイラッときた。  俺は相槌もそこそこに、手元のゲーム機に集中することにした。『うるさば』で開催中のイベントは、疲れて家にこもりきりの人間たちに差し入れをしたり励ましたりして、何とか外でやっているタマゴ探し祭りに誘い出さなければいけないのだ。『うるおせ 人間砂漠』のタイトルに相応しく、プレイヤーは可愛らしい動物になって、疲れ果てた人類を元気して町を発展させていくというゲームで、この手の季節のイベントは重要となってくるから、俺は今忙しい。 『なー、タカトー。聞いてる?』 「聞いてる聞いてる。お魚系女子が何か言ってたんだろ」 『そうそう。何かー、自分の姿を絵に描かせろとか、それを広めたら病気にならないとかー。ちょいスピ入ってんなって感じだから、写真一緒に撮るだけにしたわ。自分に自信がある子は嫌いじゃないけど』 「ん? どっかでその話、聞いたことあるな……てか、それをスピリチュアルで済ますなよ。普通に怖いわ」 『そうかー? まあいいけど、あとで写真送るな。加工済んだらインスタにもアップするけど。んじゃ』 「え? は!? ちょ……」  唐突にかかってきた電話は、唐突に切れた。レンの話に何か引っかかりを覚えたのに、それを確かめる間もなく。 「何だったかなー……自分の絵を描かせろ、病に効く、だっけか?」  ゲームをひとまず置いて考えていると、スマホが震えてメッセージの受信を知らせた。見ると、レンからのメッセージだ。 「……これって…………アマビエじゃねぇか!!」  メッセージに添付されていたのは、ウィンクしてかっこつけて写ったレンと、その横に立つよくわからない生き物だ。長い髪に丸顔、どこを見ているかわからないつぶらな目、鳥のクチバシのような口。そして鱗に覆われた全身ボディ。 「え、あいつ……こうやって直立してるから人魚と間違えたわけ? しかも、自分に惚れて陸に上がってきたって? ありえんだろ……にしても、アマビエかぁ」  アマビエとは、ウィキペディアに載ってるくらいにわりとメジャーな妖怪だ。この姿を描いて広めれば疫病退散になるとか言われているらしい。  これがレン以外から送られてきたのなら、手のこんだ加工だと思っただろう。だが、レンから送られてきたというのと、あいつが住んでる場所を考えると、そういうこともあるかも知れないと思わされるのだ。 「って、あいつ……これをSNSに載せちゃったわけか。騒ぎにならなきゃいいけど……」  俺は心配しつつも、すぐに意識はゲームに引き戻された。アマビエよりも、やっぱり『うるさば』のイベントだ。  ……でも、アマビエの効果は気になるから、一応スマホのロック画面はレンとアマビエのツーショットにしてみた。のどかな春の海とダチと妖怪。なかなかシュールな絵面だが、画面に設定してみるとなかなかよかった。  その後、俺の心配した通り、レンの写真は結構騒ぎになった。だが、アマビエをネタにすれば話題になるということで、アマビエのイラストを描くイラストレーターや、アマビエのコスプレをする有名人、アマビエを見た体験談を投稿する者たちなどなど……みんな話題に乗ろうとワイワイし始めたため、レンだけが取り立てて騒がれたのは一瞬だった。  本人は残念がっていたが、俺はそれでよかったと思う。嘘だとか本当だとか検証されたり、それがもとで炎上したりするよりも、一時的に話題として消費されるくらいがいいのだ、こういうことはきっと。  アマビエ待ち受け画面のおかげかどうかわからないが、俺は無事に流行り病にかからずに事態の収束まで過ごすことができた。俺の家族も、レンもだ。  
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