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夜分遅くにお邪魔します
『鵺(ぬえ)』という妖怪がいる。その姿は猿の顔、狸の胴体、虎の手足を持ち、尾が蛇と、いかにも異形である。夜な夜な現れ、人の悲鳴のような不気味な鳴き方をするらしい。あの『平家物語』にも、不思議な声で鳴く得体の知れないもの、と書かれている、日本に古くから伝わる妖怪である。
――たぶん、今ここで鳴いているのがそれだ。
「ヒョー……ヒョー……」
実に気味の悪い鳴き方だ。世間からしたら若者の俺のみならず、誰であろうと寝ようとしているところにこんな声で鳴かれたならば、とても寝られたものではないだろう。
可能ならこれが最初で最後のことであってほしい。何故、今夜に限って奴は現れたのか。
だがそれ以上に、俺には気になることがあった。
ここにいる奴の外見だ。『たぶん』と表現したのも、そこがひっかかっている。
猿の顔……ではなく、おどけた表情の猿のお面を、額の右側につけている。肩に黒い模様があり、前側が白く後ろ側が茶色の和服は、なるほど狸カラーに見えなくもない。大きめの手袋とブーツはどちらも虎柄だ。腰の辺りから垂れ下がって尻尾ぶっているのは、蛇のぬいぐるみだろうか。
猿、狸、虎、蛇。大雑把に見れば確かに身体的特徴は一致していそうだったが。
「ヒョー……ヒョー……」
鳴き声の主は、どう見ても人間の女の子だった。猿の面、狸色の和服、虎柄の手足、蛇のぬいぐるみを持った、おかっぱの少女。
猿の面――以下略――の容姿を持つ生き物とあらば、人間に近いものよりかは、“獣”寄りだと表現するだろう。だが、どうにも目の前の子は違う。
彼女はもの言いたげな目で口を尖らせ、口笛を吹くようにして奇妙な声を発していた。俺の部屋の窓の外で。窓ガラスに両手の平と額をベッタリとつけて。
「ヒョー……」
「……」
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