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「……父さんも母さんも、みんな最初はこうだったんだって」
「鵺も最初は人間みたいな姿とは驚きだ」
「これで仕事を繰り返して、鵺として認められると、本当の鵺の姿に変わっていくらしいんだ……」
「鵺も大変なんだな」
「私は……早く本当の姿になりたいっ」
「そりゃそうだろう。そんな格好じゃ、フザケているようにしか見えない」
少女の着物を指さす。どこかの着ぐるみやコスプレでももっと上手くやるだろう。
「でも! 青年は私が鵺だと分かったではないか!」
「……まぁ」
少女は急に立ち上がり、左手を腰に当てて右手の拳を突き上げた。
「本当の姿に一歩前進! いやこれは始めの一歩どころではなく、ゴール地点に到着したと言っていい!」
「いや途中棄権だろ」
「経過は重要ではない!」
「経過がダメだって自分で理解しちゃってるな」
やれやれと俺は首を振った。彼女が本物の鵺になれるのは当分先のことではないだろうか。
見ると、彼女はテレビラックの上に置いてあるフィギュアに寄って凝視していた。
「……これは、人間の世界の生き物か?」
「ああ。アニメに登場するキャラクターだよ」
「アニメ……人間の娯楽だな。どんなアニメなんだ?」
俺は電源の入っていないテレビの画面を見ながら話の内容を思い出してみた。
「えっと……生まれた境遇のせいで疫病神だと言われて育った少年が、実はその国に迫る危機を救う力を持っている人物で……ありきたりな、落ちこぼれが世界を救う話だ」
「ほぉ。これはその、世界を救った主人公というわけか」
「いや、主人公じゃない。主人公の味方の一人で、簡単に言ってしまえば主人公の友達ポジションだ」
「主人公じゃないのに飾っているのか?」
彼女がこっちを見る。言われてみれば。
「ジュースを買った時にたまたまついてきたやつだしなぁ。……でも、俺は主人公よりそいつの方が好きな気がする」
「それはまたどうして」
どうしてだろう、と俺は顎をさすった。夢中になってアニメを観ていたわけではないが、印象的なシーンは頭にある。
「……主人公が落ち込んで自暴自棄になっている時に、今まで積み重ねてきたものは無駄じゃないと、怒りながらも励ますんだ。台詞までいちいち覚えちゃいないが。俺もいろいろ悩んでいた時期だから、自分も言われているみたいで、不思議と心打たれた。ただのアニメなのにな」
「ほぉ……青年も苦労してきたんだな」
「恐らくあんたより長生きなもので」
わざとらしく頷いている彼女に対し、俺も適当にそう返した。鵺の寿命も知らないので。
鵺女は再びキャラクターのフィギュアをジッと見つめると、猿のお面に手をかけた。ずっと斜めにかぶっていたのを、正面にズラす。
「今まで積み重ねてきたものは無駄じゃない、か。……人間の空想物も、いいことを言うではないか」
そう言った彼女の横顔は、どこか凛々しく見えた。
立ち上がると俺の前をすたすたと通り過ぎ、入ってきたのと同じ窓に向かった。しゃがんで下駄を手に取る。
「帰る」
「お、おぅ、唐突だな」
俺は一瞬、面食らったが、そうしてくれるならありがたいと思い直す。
「青年よ。私は、ゆっくりゴールに向かうことにした。母さんたちも努力したなら、私もそうする」
「そうか。もう一度スタートしてみるか」
本当に唐突だ。きっかけは何であれ、彼女がそう決意したのであれば悪いことではない。何かの縁だ、影ながら応援してやってもいいと思った。
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