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第一話
炎の中でオレが燃えた。
その時から、オレはオレではなくなった。すべて燃えて、残ったのは燃えカスとほんのわずかな復讐心だ。
木材の燃える臭い、人の焼ける臭い、それらから立ち昇る黒煙がお前はすべてを失ったのだとあざ笑っているようだった。
この炎はきっと、消えることはない。この場所から消えようとも、心に焼き付いて消えない。ずっとずっと、オレの大事なものを燃やし続けるのだろう。
第一章
男女両方の歓声が響く。様々な技と肉体のぶつかり合いを見て、興奮し声援を叫ぶ。
私は耳が痛くなって、両手でふさぎながらもそれを見ていた。
ちょっとした武術大会。この町の一番を決める大会。国境の町には両国の腕に覚えがある人達が集まって、それぞれの練習や実戦での経験を示している。
ここで、ならきっとおじいさまが言っていた人が見つかるはず! 私は、期待を込めて闘技場を見る。
綱で囲われた舞台には、二人の戦士が経っていた。一人は、大きな木刀を持つ男。もう一人は二刀流に木刀を構える男。
試合が始まってから何度か剣を交えた後、二人はにらみ合う。次の一撃で勝負を決めるかのようにお互いの動き、隙を逃さぬように。
その刹那、二人が一気に接近する。二刀流の男は軽く跳躍し、大きな木刀を持つ男の首を狙うように、左右から挟もうとする。
不意を突かれた木刀の男だったが、一瞬で判断を下し、振り上げようとしていた剣をあえて縦にすることでその挟みきろうとする攻撃をしのいだ。そして、がら空きになった胴へと蹴りをかます。
宙を飛ぶ二刀流の男へすぐさま追撃を加えるべく、振り上げた木刀を勢いよく振り落とし、地面へと叩き落した。
その一撃で二刀流の男は気絶し、勝敗が決したのだった。
歓声をあび、控室へと戻ろうとする木刀の男に私は人ごみをかき分けて近づいていく。
「あ、あのっ」
大勢の声に負けないように声をなるべく大きくして話しかけた。なんとか届いたようで相手は振り向いてくれる。
「どうか、私……鈴のお話を聞いてはございませんかっ」
「必死な顔をしていたからな。話だけでも聞こうと思ったんだ。町娘が声をかけてくることはあるんだが……それとは少し違う気がしてな」
「ありがとうございますっ」
木刀を使っていた男……黒い髪を後ろになでつけている青年、四蔵さんはそう快活に笑いながら答えてくれた。私は彼と一緒に近くの茶屋へと移動し、座敷で向かい合っている。
先ほどまで半裸であったが、試合が終わった後、着物に着替えなおしている。服を着てもなお筋肉隆々なことは隠せない。
お金は私から誘ったので出すといったのだけれど……彼はそれを断る人の好さを見せてくれた。
「さて、飯が届くまで時間があるだろう。話をさっそく聞かせてもらおうか」
「……『武神九心鎧殻』はご存じですよね……?」
「そりゃあ、まあ。天下人であった将軍九重斬信の九つの武具とそれとついになる九つの武者鎧のことだろう?」
九重斬信。この陽ノ元の国を統一し平和にした天下人。
敵に容赦はせず、残忍であり恐れられていたが、実際は平和のため、正義のために手段を択ばないだけであり、心優しい人物であったとされる。
その男が、統一後、反乱がおきぬように圧倒的な武力を手にするため、かき集めた刀鍛冶をはじめとする様々な職人集団に作らせた強力な武具と鎧。
それが『武神九心鎧殻』
「今、それが元で戦が起きているというのもご存じですよね……?」
「おう。……正直言うと武士として雇ってもらいたくてあの大会に出ていたんだ」
「そういうと、『武者鎧』の武士に?」
「そうだとも! ああいう場で名を上げればお声がかかるというしな! 男に生まれたからには上を目指したい!」
彼ならお願いできるだろうか?
清い心を持っているようだし、力も強く、名声を上げたいという欲望もある。
……私は、そばにある袋を手に取った。それを食卓の上に置く。
「これは?」
「……これは、『武神九心鎧殻』の十個目の武具と鎧です。もし……もし、名を上げたいのでしたら、これを使って……ほかの鎧を壊して回りませんか……?」
彼は、返事をせず、私が渡した袋を手に取り、中から刀を取り出す。紫色の模様と金色の細工が施されている黒い鞘に収まった刀を。
「鞘は豪華だな」
「ほかの大名のどれにも負けないほどに」
「……なぜ、ほかの鎧を壊せという?」
「私は、この戦乱はすべて鎧のせいだと思っております。……だから、全て壊せば一時は混乱があっても、平和へと向かっていくと信じているのです」
彼のまっすぐ見つめる目を見て、私はおびえずに言う。
「これならできると?」
「いいえ、それだけではだめです。あなたのお力と伴ってこそ……」
四蔵さんはまっすぐな人だ。少なくとも私にはそう感じられた。彼ならこの力を間違ったことに使わないと。
「わかった。……金にはあまり頓着しないからな。俺が君の言う通りほかの鎧をこの武具を使って壊して回ろうじゃないか!」
快諾してもらえた! 正直、怪しい子だと思われて断られるのではないかと心配だったのだけれど、うまくお願いすることができた!
「よろしくお願いします!」
私は元気に言うのだ。きっと、彼なら国を平和にしてくれる。
……すると、外から悲鳴が聞こえてきた。
「……なにごとだろうか?」
「もしや……他国が攻め入ったとか? 参りましょう! あなたの武具なら退けることができますから!」
この町は、初の国と欲の国の国境沿いにある。時代によって両国どちらかに移るのだが、今は初の国が所有していることになっている。
……そもそも陽ノ元の国であったのだが。……将軍亡き後、九つの大名がそれぞれの国を再度自治しはじめ戦争へと至った。
そして、茶屋から出てみれば欲の国の武士に町が襲われていた。駐屯していた初の国の武士を倒すのは……足軽武者鎧に身を包んだ欲の国の武士だ。
足軽鎧武者……黒い半透明の仮面に顔を隠し、一切の肌の露出もしないからくり仕掛けの鎧である。妖力によって動くため、大変貴重であり、そもそも『武神九心鎧殻』しかそのからくりは存在しなかったのだが、将軍から分配されたあと、それぞれの国が武具を元に、製造した劣悪な模造品だ。
とはいえど、数はどの国も五十程度しかなく、大変貴重であり、そして強力な戦力であることには違いはない。弓矢や鉄砲の攻撃は、ほぼほぼ無傷ですんでしまうほどである。
実際、目の前にいる初の国の武士は一方的にやられていた。
「斥候部隊……にしては貴重な装備をつけています。少数精鋭の電撃作戦かもしれません」
「よし……じゃあ、さっそく俺が成敗してこよう」
「お願いします……!」
四蔵さんは、刀を持ち、こちらへと向かってくる敵の前へと立ちはだかりにいく。私はそれを茶屋の壁に隠れて見守ることにした。
「貴様ら悪党を俺が成敗する……!」
そういって、四蔵さんは刀に力を籠め……。
「んっ……! ぐぬっ……!」
「どう、しました?」
「刀が、抜けぬ……!」
そんなはずはない。実際、おじいさまが出発前に刀身を見せてくれたのだ。抜けぬなど……!
そうしているうちに、足軽たちは四蔵さんへと迫る。
「ええい。このまま戦ってやる!」
四蔵さんは、刀を鞘にいれたまま敵へと振るう。あの大会で見せた力強い一撃が、足軽の面をとらえる。
鞘に入ったままとはいえど、刀は刀。鉄の塊だ。しかもあの刀はからくり仕掛けであり、本来の打ち刀よりも重い。
鉄の棒でなぐられればひとたまりもないだろう。
……普通の人間であれば。
足軽武者鎧に身を包んだ武者たちは、肉体を保護されており、びくともしなかったのである。
まさに面食らっていた敵であったが、すぐさま反撃と言わんばかりに、その槍を四蔵さんの腹へと突き立てた。
「ぐっ……!」
それを薄皮裂けつつも回避する四蔵さん。しかし、敵は三体。続いてもう一人が槍でついてきており、もう一人も迫る。
……私も見ているだけではだめ。だれかに手を汚させるんだから私もよごさないと……!
私は、鞄にしまっていた小鉄砲を取り出す。
遊底を引き、敵へと標準を合わせる。
……鉄砲に意味はない。全く敵を傷つけられないだろう。ただ……少しでも反撃の隙を与え、四蔵さんに刀を抜いてもらい、からくりを使用してもらえれば切り抜けられる……!
私は、意を決して、初めて人に向けて引き金を引いた。飛び出た鉛玉は足軽武者鎧の装甲に弾かれてしまうけれど、銃声のおかげで私へと彼らの視線が移る。
「おらぁ!!」
その隙をついて四蔵さんが敵の一人に組付き押し倒す。馬乗りになり、敵が落とした武器を拾い攻撃を加えようとするが……。
「だめ!」
「ぐげっ……」
四蔵さんは背中から槍で貫かれ、そしてもう一人の敵に首を撥ね飛ばされてしまう。
……そんな……せっかく協力者を見つけたのに。私が下手な援護をしたばかりに……!
血が宙に円を描きながら首は回転し、ぽとりと地面に落ちていく。鎧武者たちはその男をどけて、私へと迫ってくる。
一歩ずつ確実に追い詰めるように。
……人が死ぬのを見たのは初めてだ。今にも腰を抜かせてしまいそうなほど足が震えて恐怖している。
逃げ出したい。けれど……私はこれからそういうことを繰り返すんだっ……そのつもりだったんだ!
だから……死んでしまうとしても、立ち向かうっ。
私は小鉄砲を構え直し、引き金を引く。一発、二発と連続で。
弾丸はもちろん、相手を軽く小突く程度のことしかできないが、それでも。殺意を込めて放つのだ。
そして……十発ほど撃ったところで弾切れとなる。……もうすでに、敵の間合いでもあった。
……じりじりと私は後退する。逃げるわけにはいかない……ううん、きっと逃げられない。けれど、逃げ出したくはない。
怖くて、涙がにじむけれど……これが最期になるとしても、立ち向かわなきゃ。
私は、世界を平和にしたいのだから。
「待て」
遠くで、声がする。小さい声なのに、なぜか響く声だった。
その姿は敵で見えなかったのだけれど、彼らが振り向いたことで視認することができた。
長いぼさぼさの黒髪に、だらしなく着ている着物。しかし、なぜか汚さなどは感じられなかった。
好きでやる気のない恰好をしているのだということを感じる。
線も細く、いろいろな面で四蔵さんとは真逆の人間に感じられた。
そして……その手には私の持ってきた刀が握られている。
敵は、脅威にすらならない小娘である私から、まだ未知である彼を警戒することにしたようだ。それぞれ武器を構えて彼へと迫る。
彼は、刀を真正面に構えて抜刀する。先ほどまでが嘘だったかのように、刀はするりと抜くのだった。黒い刀身に紫色の刃を持つ刀を構えた。
いや……構えたと言っていいのだろうか。切っ先は地面を向いており、力を抜いているように思える。
敵の武士たちは彼へと襲い掛かる。まず一人が刀を抜き、斬りかかった。すると、彼は腕に力を籠め、刀を振り上げる。
刀はあの固い装甲を引き裂き、中の肉も斬ったのか血が溢れていた。
「ぐおおッ!?」
さっきまで静かに事を成していた敵が痛みで叫び声を上げる。
彼は、ひるんだ敵の心臓をめがけて一突きする。胸の装甲ごと貫かれ敵は絶命した。蹴り飛ばすことで刀を引き抜き、再度構える。
……本来、刀でも装甲を切ることは不可能だ。刀の方が折れてしまう。
けれど、おじいさまたちが丹精込めて作ったあの刀は、そこらの刀とは違い、頑丈であり、切れ味もすさまじい。そして……彼の力量もあり敵を切ることができたのだろう。
今まで苦労もなく任務を遂行してきた彼らはひるむ。
警戒心を強め、どうすべきかと隙を伺った。
「ならば、次はオレから行く」
彼は、踏み込み間合いを詰めにかかる。手前にいた敵が反射的に槍を突き出したが、それをくるりと回転しつつよけ、そのまま胴を薙ぐ。装甲は紙のように切り裂かれ、胴を横一文字に切った。
さすがに真っ二つにはならなかったようだが、致命傷ではあったのだろう。鮮血を噴きながら敵は斃れた。
あと、一人である。
最後の敵は、手に持っていた槍を捨て、刀を構えた。剣術に自信があるのだろう。
雄たけびを上げて、上段から刀を振り下ろす。彼はそれを難なく刀で受け止めて、拳を構えた。
すると……からくり仕掛けが作動する。彼の腕を籠手が包む。
……あの刀と鞘にはからくりがある。妖力によって収納された武者鎧をまとう機能だ。本来であれば意識するだけで使うことができるのだけど……彼は知らないから、きっと「殴ったら痛そうだな」という気持ちに対して、保護するように籠手だけ現れたのだろう。
彼はそのまま、籠手のついた拳で武者鎧の仮面を殴る。
その一撃で敵はよろけるが逃がさないという意思を示すかのように、刀で腕を貫き手繰り寄せる。
そして、拳で再度、殴る。殴る。殴る。
三度殴ったところで、仮面が割れて敵はそのまま昏倒した。どさりと地面に伏した敵にとどめを刺すべく彼は刀を抜き、心臓へと突き立てたのだった。
刀を鞘にしまいつつ、彼は私へと歩み寄ってくる。
「……怪我は?」
「な、いです」
そう答えつつ、私はぷつりと緊張の糸が切れてしまう。なぜか力が抜けて、地面にぺたりと座り込む。
彼は、視線を合わせるようにしゃがんだ。
……近くでみてはっきりと分かった。うっとうしい前髪の奥に、とても整った顔があった。男性にしては線が細くも勇ましい顔だと思う。
黒い眉に、切れ長で特徴的な金の瞳はきれいだった。
「どうした?」
「こしが、抜けてしまったようです」
「……宿屋は?」
「えと、……とっていません」
「……取りあえず、ここの茶屋を借りるか。あいつらが精鋭ならば、一時撤退して、しばらく襲ってないだろうからな」
彼は乱暴に私を立たせると、足で扉を開けて中へと入り、近くの椅子に私を座らせた。そして、刀を私に返してくれました。
……優しいけど、雑で乱暴な人だ。
お金を机の上に乗せた後、厨房へと入っていく。しばらくして戻ってくると、お盆とその上に、お茶とお団子が乗っていた。
「ん」
そう一言いうと、私のそばの机に、お茶を置き、彼はお団子を頬張ります。
お茶を啜り、落ち着いてきた私は彼を見て、思います。……彼ならば、この刀を使い、私と一緒にすべての鎧を壊してくれる……国を平和にしてくれる力があると。……四蔵さんと違い、熱意がある方には見えませんが……お願いする価値はあるかと。
「あの、私、鈴と申します。あなたは……?」
「……名乗る名前はない。好きに呼べ」
……冷たくあしらわれてしまいました。それでも続けて私は言います。
『武神九心鎧殻』の十個目の武具と鎧のこと、ほかの鎧を破壊して……国を平和にしたいということ。
四蔵さんのときのように……いいえ、それ以上に心を込めて伝えました。
けれど……。
「そうか。オレには関係ない」
そう、冷淡な反応を返されてしまいます。
……どうにか説得して戦ってもらいたいのですが……。
「も、もちろん、ただでとはいいません。私にできることならば、なんでも! この貧相な体でもよければ差し出しますので、どうか……どうかお力を!」
……それくらいの覚悟はしていた。お金でもモノでも、私でも。すぐには大金なんて用意できないかもしれないけれど……報酬は必ず用意します。彼にはそこまですべき価値があるのですから。
「簡単に体を売るというな」
まず、彼から出たのは叱る言葉でした。……先ほどの冷淡な口調とは違う、熱がこもった大人の男の人の……年上の人からの叱る言葉です。
「はい……すいません……」
「……報酬があるなら雇われてもいい。……だが、子供にたかる気はない。まず、お前を家まで送ってやる。報酬は、お前の親御さんからもらおう。契約もそっちでだ」
冷淡だけれども彼は優しくいいます。……集落までの道のりで、彼を説得できるチャンスかもしれません。
「では、お願いします。……半日ほどかかる場所にあるのですが、よろしいですか?」
む、と彼の顔がまずったという顔になります。
「予想以上に遠かった。だが……しかたない。送ろう」
「ありがとうございますっ」
私は彼にそうお礼を言って、立ち上がります。
……四蔵さんの遺体を、村の外れに埋めてから、村を去り、私の住む集落へと向かうのでした。
「あとを忍びのものにつけさせろ。後をつけるだけでいい」
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