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オレは、彼女の案内で集落へと向かう。集落は初の国側にあるようで、山の中を歩くこととなった。
道などなく、森の中を彼女に先導されて歩いていく。道しるべがあるようには見えない。なのに、どうやって自信を持って歩けるのかは不思議だった。
疑問を口にすると「えっと……集落についたら教えますね」とだけ言われてしまった。
出かける前、彼女に言われた通り、休みを挟みつつ半日ほど山の中を歩くと……岩の壁へとたどり着く。
「ここが集落です」
そういって、岩沿いにぐるりと歩いていくと切れ目があった。そこから中へと入ると……開けた視界に、多くの家屋が移りこんだ。
山の斜面に沿って段々の街だ。それなりの規模があり、二百人前後は住んでいるだろう。活気もあり、至る所から、鉄を打つ音が聞こえる。
「お嬢様、そやつは!」
すると、オレに槍が向けられる。武者鎧……旧来のただの鎧をまとった兵士だ。門番なのかもしれない。
「この人は、私の命の恩人です! 槍をさげてください!」
そういうと彼は失礼しました、と一言言って下がってくれる。
オレはこの集落にきて、また疑問が生まれる。
「お嬢様?」
「この集落の長の孫でして……」
彼女は恥ずかしそうに答える。正直、無駄働きのつもりでいただが、報酬がもらえるかもしれない。
「それと……この集落の人たちは……」
集落を彼女と共に歩き、集落の人々を見る。
彼らには皆……獣の耳としっぽがついていた。
「はい、半数は獣人です。……すいません、隠していて」
鈴は、頭に巻いていた手ぬぐいをとり、履物の後ろ側の布の金具を外すとうまくしまっていただろうしっぽが出てきた。
「改めまして……私は、この獣人が住む鍛冶職人の集落の長、その孫娘の鈴と申します」
獣人は、国によっては珍しくはない人種である。しかし、昔は数の少なさからか虐げられる地域が多かった。
九重斬信により、彼らの地位は向上し、以前よりは比較的差別的な扱いは減ってはいるようだ。実際、九つに別れた国の一つは、獣人が治めていると聞く。
「九重斬信さまは、我々、獣人の技術者に楽園を作ってくださった。それがこの集落なのです。見返りとして、『武神九心鎧殻』をおつくりする代わりに、私たちの平穏を約束すると……」
鈴の祖父である長・鎚がそう教えてくれる。
オレは、この集落の一番上にある長の家へと上がり、集落について尋ねたのだった。普段、どんなことでもどうでもよいのだが……今回は少し気になってしまった。
ほどほどに聞いたところで、報酬の話をオレは切り出した。
「図々しいとは思いますが、彼女の護衛や命を守ったお礼として見返りが欲しい」
「出せるものであれば、なんなりと」
「……その刀と同じくらいの性能のものを。それと、それを用意するまでの間の食事」
オレは顎で、祖父のそばに控えていた鈴が手に持つ刀を示す。
あの刀は、すさまじいものだ。足軽鎧武者と戦うことはあったが、いままで真正面の斬りあいでは勝てなかった。『武神九心鎧殻』の一つ……いや、新たな十個目とのことだが、それが手に入るのならば、ありがたい。
……あれをもらってもいいが、あれは彼女の望みのための刀だ。それをオレが手にする資格はないだろう。
集落の長は答える。
「そうですな……五年から十年いただければ作成できます」
「……そんなにかかるのか」
一年は覚悟していたが、そこまでかとオレは驚愕する。
「そうです。あの刀……いえ、『武神九心鎧殻』はそれぞれ妖術、魔術の類を使い、丹精込めて作ります。ゆえにどうしても時間がかかるのです。……鎧が九つしか用意できなかったのもそれが理由です。当時、数年の期間をいただいてはおりましたが、早急に欲しいとのご命令でしたので」
「なら、普通の刀で良いので、用意いただければと」
「では、一番良いものをおつくりさせていただきます。一週間ほどならいかがでしょうか? 住いと食事も用意しましょう」
「……それで」
報酬の話はそれでまとまった。「夕飯の準備、してきますね」と鈴が部屋から出ていく。オレは、自分の部屋へ案内してほしい、と言いたいもののさすがにご老体を動かすのも気が引けた。
「……孫娘は、本気で世界を良くしようと思っているのです」
長が語り始めるのを、オレは静かに聞いた。
「私たちは、天下統一した九重様のために鎧を作った。国の平和のために。九重様が亡き後も、九つの国に別れたそれは、抑止力になるだろうと。強大な力ゆえに、争えば自分が起こした災いと同じほどの災いが訪れると思わせるために」
遠い過去を思い出すように、老人はオレの目を見て語る。
「……しかし、人はそこまで賢くなかった。抑止力などにはならず、率先して争いの道具となり、人々を苦しめる災いになってしまった。あの子は……私たちの罪の滅ぼしをしたいと思っております。よいと言っても、それが使命だと、義務だと。……ここで平和に暮らしてきた分、外に恩返しをしたいのだと」
……だから、力を貸してやってくれ、そういわれるのだとオレは思ったのだが……老人の言葉はそうは続かなかった。
「私は、あなたにお会いしたことがある。覚えていらっしゃりませんか?」
「……いえ」
「そうですか。まあ、幼いころではあったので、仕方はないかとは思います。主君の大事なお子様ですから、どうなされたか心配だったのですが、死ぬまでに一安心できてなによりでございます。九重断太郎さま」
「……あまり、その名前で呼ばないでいただきたい。それと、そのことは他言無用で」
「ええ、ええ……もちろんですとも。なにかお考えあってのことでしょうから」
彼は、食事を離れでいただくとおっしゃり、私はそこへ配膳しに行きました。
「……なにかようか」
「えっと……」
私は、彼が食事を初めても下がらず、ついついそこに居座ってしまい、彼に声をかけられてしまいます。
……お話はしたい、けれど、なにを話すべきか迷ってしまうのです。
彼は、冷たい人だと思います。なのに、どうしてかお話したいと思ってしまって……。
「刀が、必要なのですか」
「ああ」
「……とても、大事なことでしょうか?」
「そうだな。大事と言えば大事だ」
素っ気なく、彼は返事をします。けれど……返事をしたとき、私に向けられた彼の目には、強い覚悟のようなものが現れている気がするのです。
だから……。
「一つだけ、お願い事を聞いていただけるのでしたら……刀をお譲りしてもいいです」
「……いいのか?」
「私が持っていても使えませんから。……もとより、人の力に頼ることしかできないのですから、少しでもお役にたてれば」
もちろん、世界を平和にするために活動は続けますが、と私は付け加えます。
……私にできることなんてない。力も何もないただの子供です。けれど……どうしようもなく誰かの平和を守りたい。傷つく人を救いたいと思ってしまったのです。
思ってしまったのだから、仕方がありません。
それに、信じられる気がするのです。彼は、きっとわるいことはしないと。
「それで、お願い事は」
「もちろん、全ての鎧の破壊。と、言いたいところではありますが……できる限りの鎧の破壊をお願いしたいのです。……別に、約束は果たさなくても構いません。もし、たまたま遭遇したとき、壊してくださる、それだけでもよいのです。……ただ、約束だけしてくださりませんか?」
この人はきっと、その目的のためでない限りはなにもしてくれないとは思うのです。でも、約束があれば……信じられる気がしたのです。
「……わかった。約束する。積極的にはいかないが、見かけたら果たそう」
「はいっ。あ、指切りしましょう!」
「……ああ」
一瞬あきれたような顔をされたあと、彼は小指を立てて差し出してきます。その指に私の小指を絡めました。
……ごつごつした男の人の指でした。
「約束、ですからね」
「ん」
一言だけ返事をすると、指を離し、彼は外を見ます。ちょうど、山は紅葉の時期となり、集落を朱色と橙色が飾っていました。
「この集落は好きか?」
「はい、大好きです。私を平和に育ててくれた大事な故郷ですから」
「……なら、なぜ出ていこうとする」
彼は窓を向いているため、その顔は見えません。けれど、悲しみの色が濃く出ている気がしました。
「……だからこそ、かもしれません。私にとって平和な故郷があるように、外にいるみんなにも大事な故郷、大切な居場所があります。それを……少しでも守れたら、新しい居場所を作るための平和な時間を作ってあげられたら、と思ったんです。たとえ、そんな力はなくても、一生懸命なにかをしたかったんです」
「……そうか」
そう、うなづくと彼は私を見つめます。今までで一番優しい目をしている気がしました。
「君の夢を叶えるとは言わない。だが、できる限りのことはしよう。……だから、君はここで平和に暮らせ。故郷は、離れない方がいい」
「それは……」
理由を聞こうとした私の言葉を遮るように、突如、轟音が轟く。
……集落で、火薬に引火して大きな火災が起きたことは過去にあるようです。けれど、窓から身を乗り出してみたそれは火事とは違うもののように見えて……。
「刀はどこにある!」
彼が、私に鬼気迫る表情で聞いてきます。
「母屋の私の部屋ですっ。あ、案内します!」
彼の、必死な顔を見て私は共に離れを飛び出すのでした。
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