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恋愛とスマホ
「こんにちは、理沙来てたの?」
いい場面で豊の彼女らしき女子がやってきた。マイの顔立ちはかわいいが、理沙だって負けてはいないと思う。そう考えると、この幼馴染カップルが成立するのも時間の問題だろう。俺は密かに恋のキューピットとして立候補していた。そうすれば、このスマホを使いたいときに使わせてもらえるだろう。第一発見者は理沙だしな。しかし、彼女のマイにスマホの存在を知られないほうがいい。
「こんにちは。豊の彼女のマイです。あれ? 出前授業の大学生ですよね?」
「こんにちは。実は理沙さんの家庭教師をすることになって、難関大をめざしているという豊君に大学の話をしに来たんだ。入院中の彼を励まそうっていう理沙さんの提案だよ」
ここは適当な嘘を入れておく。スマホの話を秘密にしつつ、自然に俺がいることを受け入れさせるにはそういった話のほうがいい。
「それは、よかったじゃない、豊」
「ちょっと色々話があるから、理沙さん、マイさんと少し時間潰してきて」
「あ、はい」
俺の目配せに気づいたのか理沙はすんなり廊下の方にマイを誘う。自然な流れで二人になった。これで、事故を未然に防ごう。
「スマホのことはあまりたくさんの人には話さないほうがいいから、適当なことをいってすまん。とにかく今は、過去の自分に事故に遭わないように伝えるんだ」
「時間は、どれくらい前にすればいいですかね?」
「こういった内容は通話よりメッセージのほうがいいと思うんだ。時間は事故に遭う3日前くらいでいい」
「でも、過去の自分がメッセージを無視したり信じなければ結果は変わらないですよね?」
「でも、何度でもこのスマホは使うことができる。ダメな時はもっと過去の自分に伝えるとか、違う言葉にするか」
「でも、事故に遭うからっていわれても、俺は信じない主義だと思うんですよね」
「じゃあ、嘘を書いてみたら」
「嘘?」
「例えば、好きな子に告白されるから、ここの道を通れとか、あえて違う道を指定するとか」
「たしかに、それはあるかも」
「彼女と付き合ったのっていつからなんだ?」
「実は事故に遭ってお見舞いに来た時に告白されて……」
「弱っているときに恋の女神が来たーみたいな?」
少し照れた顔をする草野。クールな彼にしては珍しい。
「本当は、理沙のことが好きだったんだろ? 幼馴染って実は好きだったということあると思うし」
「あるわけないですよ」
「またまたー、照れてるんだろ。俺には本当のことを話せ。理沙には秘密にしておいてやる」
「影野さんこそ、理沙のこといいと思っているんでしょ?」
誤解されているのか?
「俺に限って恋愛感情はない。むしろ、草野君の恋を応援したい。マイさんのことは弱っているときに告白されてとりあえず付き合ったとか、だろ?」
俺は名探偵のごとく推理を披露する。
「いや、実は以前マイに会ったことがあって、一目惚れだったんです。まさか告白されるなんて思ってもみなくて」
「え……? マジで理沙のことは好きじゃないのか? 照れ隠しだよな?」
「理沙と一緒にいるマイのことで俺は頭がいっぱいで……」
理沙、完全失恋じゃないか。幼馴染あるあるという幻想は簡単に砕け散った。俺は他人事にもかかわらず、がっくりしてしまった。この事実を理沙には気づかないようにさせないとな。理沙は恩人だ。
「じゃあ、メッセージにマイさんを装って、メッセージ入れておけ。事故があった通りを通らないで行ける公園を指定するのがベストだ。そして、過去のマイさんのスマホにも大事な話がある、草野よりと書いて、日時をメッセージしておくんだな」
「じゃあ、事故のことは一切書かないということですか?」
「両想いなんだろ。疑り深い性格ならば事故の話より、恋愛ネタで誘導したほうがすんなりいきそうじゃないか」
「ありがとうございます。勉強だけでなく恋愛にも詳しいのですね」
「まぁ、恋愛は小説や漫画でたくさん見てきたからな」
俺の場合自身の経験は、残念ながらほぼゼロだ。高校生に負けている恋愛経験。しかし、他人の恋愛の手伝いは得意だからな、なんて胸を張れる話じゃない。
『1月20日放課後5時に北公園で待ってます 理沙の友人マイより』
『1月20日放課後5時に北公園で待ってます 草野豊より』
「これをそれぞれの過去の携帯に1月19日の夜に送ろう」
「やっぱりシンプルな文章力と発想力はさすが難関大だけはありますね」
そう褒められたものじゃないが、すべて架空の物語で学んだだけだ。
その少し後、草野の体はケガのない状態になり、マイと付き合ったというきっかけが変わった。そして、交通事故の事実はないものとなった。入院していて突然事実が変わるというのは変な話だが、あるとき、過去が変わった時に目の前が急に変わる。しかし、まわりの人はそれを当たり前のものとして、受け入れる。それがこのスマホの威力らしい。しかし、スマホの所有者の記憶だけは以前の記憶が残っている。これも不思議だ。俺と理沙だけが知る事実となった。
「あれ、俺、ここで何していたんだろ? 植物学興味あるんです。もっと話聞かせてください」
そう言うと、草野は自分の連絡先を俺に渡してきた。そして、何事もなかったかのようにマイと手をつないで帰宅した。草野には事故やケガの記憶はないらしい。しかし、俺との接点はうまい具合に覚えているようだった。
「どうやって彼を救ってくれたの? 事故って言っても信じてくれないでしょ?」
「だから、一工夫したんだ」
「どうやって?」
「秘密」
まさか、恋の力で両想いの二人を引き合わせて、事故を防いだなんて言えないだろ。失恋を自覚している理沙に二重の失恋はさせたくないからな。
「じゃあ、またこのスマホで人助けしようか。そうだ、うんとお金持ちを助けて、いっぱいバイト料もらおうか」
「基本、俺は悪人は助けない。スマホのことは、なるべくたくさんの人に知られてはいけない。スマホを狙って犯罪を犯すものがでてくるかもしれないし、国の研究機関に没収されちまうかもしれない。幸い草野みたいに使用した人間は忘れるようだ。しかし、これは本当に困った人や死んだ人と話したいという純粋な気持ちを持った人に使ってもらいたい」
「本当は、これで一儲けしたかったんだけどなぁ」
「欲張ると自分に災いがふりかかるぞ。俺たちにしかできないボランティアだけど、たまにはお金持っている人から少し謝礼くらいもらってもかまわないだろ。俺たちだって時間裂いたり交通費だってかかるんだからな」
「そうだね。ありがとう、豊のこと助けてくれて」
彼女ははじめて一粒の涙を流す。
「うれしいけれど、さびしい感情ってはじめてだ」
彼女自身も戸惑っている感情。それは、彼が事故に遭わないですんだ喜びと、好きな人から失恋したという感情なのかもしれない。
「ほら、今日は俺が何かおごってやるから、元気出せ」
理沙の頭を撫で、励ましてみる。女性に慣れていない俺にできる精一杯の励まし方だ。
「やっぱり優しい! ライト君が相棒でよかった! 私のことは理沙って呼んでいいよ」
理沙の頬が赤らむ。新しい何かが生まれたような感覚が襲う。意外と人懐っこい理沙との距離をつかめずに戸惑いながら、二人の心が1つになって動き出した。いかに頭脳とコミュニケーション力を駆使して人助けをするのか、慎重な判断力が求められる。そして、人々の最後の光になるべく動き出そうとしている。
もし、不思議なスマホがあったら、あなたは誰に連絡しますか? それを使いこなすには、頭脳力や判断力を最大限に使わないと希望通りにはいかないかもしれません。過去の誰かに文字や言葉で伝えるのは、案外難しいものですから。
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