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後悔
「教授・・・あんなこと、もうやめてください」
「そうか?お前も楽しんでいたように見えたがな」
「そんな・・・」
黒瀬はハンドルを切りながら、くくっと笑った。理人は助手席から、恥ずかしそうな視線で黒瀬を抗議した。
信号が赤になり、車は音もなく停まった。機嫌よく鼻歌を歌う黒瀬に、理人が尋ねた。
「・・・調子が良くないと言うのは、本当ですか」
ぴたりと鼻歌が止んだ。一転して、不愉快な表情でフロントガラスを睨む黒瀬に、穏やかな口調で理人が言った。
「どうして黙っていたんですか」
「・・・杉山か」
ちっ、と舌打ちして黒瀬はアクセルを踏み込んだ。
「僕が無理を言って聞き出しました」
「・・・たいしたことはない。だから黙っていた」
「薬剤師にそんな嘘は通用しませんよ。おわかりでしょう」
「まあ・・・そうだな」
サイドブレーキを持つ黒瀬の手に、理人は自分の左手を重ねた。
運転する黒瀬の横顔を、理人は真剣な面もちで見つめた。黒瀬は前を向いたまま、独り言のように言った。
「心配するな。・・・一人にはしない」
理人は小さくうなづいた。
車はスピードを上げ、夜の街へ滑り出した。
慧は部屋に入るなり、鞄を放り投げ、玄関に崩れ落ちた。
「俺、何見せられたの今日!どういうこと?!ド変態だろあの教授!長谷川さんも何でされるがまま?!嫌がるとかしろよ!いや、そもそも製剤室でヤってんなし!」
家に着くまで我慢していた言葉がいっぺんに溢れ出した。仰向けに寝っ転がり、大きく息を吸って、吐いた。
「なんで・・・一目惚れした人が他の男にイかされてんの、見させられたの、俺・・・」
慧は、目の前で理人が果てるのを、必死に興奮しないように堪えて見ていた。その姿があまりにも悩ましかったのに加えて、真人の姿が重なって仕方がなかった。
美しい双子の特別な姿を、慧は目の当たりにすることになった。
慧は鞄から携帯電話を取り出した。真人の番号を表示させて、ため息をついた。
理人のあられもない姿を見せられて、慧は気づいた。
理人は、黒瀬を愛している。
どんなことをされようと、あの蛇のような男がいいのだ、と彼の身体が言っていた。
思えば理人は最初からそんなことを匂わせていたが、この最悪な偶然ではっきりと突きつけられた。
真人に抱かれても、どこかで理人が消えなかったのは、自分が嫌いな黒瀬のような男に捕らわれる理人が見たくなかったから。慧はその自分勝手な気持ちに気がついてしまった。
もしかすると、もっと前から気がついていたのかもしれない。
同じ姿をした真人に誘われて、自分の深いところにある勝手な思いを、真人の優しさに甘えて、気づかない振りをしていたのかもしれない。
そこまで考えて、慧は首を傾げた。
「いや待てよ?確かに一目惚れしたけど、長谷川さんには告ってもないし?別に変態教授と何してようと俺には関係な・・・」
慧の頬に、冷たい涙が一筋落ちた。
真人を利用して自分を誤魔化していたと、慧は自覚した。
手に入らないと分かっている理人の代わりに、真人の誘いに乗った。
『俺は・・・理人の代わり?』
真人の声がリフレインする。あの時必死に違うと否定した自分を、今の慧は殴ってやりたいと思った。慧の涙は止まらなかった。
「俺・・・最低だ、やっぱり・・・」
慧は真人の電話番号をタップした。
「もしもし・・・慧、です」
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