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過去 14年前③
「そう言われた時、俺のたがが外れた。自分も、理人を弟として見ていなかったことに気づいた。それで、俺は兄弟でいられる最後のチャンスを捨てたんだ。その日は父が帰国していたのに・・・俺は理人を抱いた」
慧は無意識に、ごくりと喉を鳴らした。グラスの氷が溶けて、テーブルの上に小さな水溜まりが出来ていた。
「案の定、そういうときに限って、いつも部屋から出てこない母が理人の部屋をドアを開けた。その後のことは・・・想像つくだろ?」
真人は水割りを一口飲んで、片手で苦しそうに口を覆った。
「大丈夫ですか・・・?」
「・・・久しぶりにキツいことを思い出した・・・」
「無理に話さなくても・・・」
「いや、話さないと、俺が過去から抜けられないんだ・・・ちゃんと精算して、慧と向かい合いたい。・・・もう少し、聞いてくれる?」
「はい・・・」
真人はテーブルの上で手を組み、話を続けた。
〜〜~~~~~~~~~
『な・・・なにをしてるの・・・・っ・・・』
母が驚愕と嫌悪感で凍り付いた顔を、真人は今でも覚えていた。
病弱な母は、滅多に興味を示さない息子の部屋に何故やってきたのか。父が久し振りに戻り、母親らしいことをしようと思ったのか、はたまた、外で愛人を作る夫に嫌気がさして、息子たちの存在を心の拠り所にしたかったのか。
母は半狂乱で真人を理人から引き剥がし、すごい力で突き飛ばした。
ベッドに横たわった半裸の理人の姿を見ると、金切り声で叫びながら、馬乗りになって何度も頬を打った。
『この・・・淫乱っ・・・お前って子はぁっ!』
『母さん、やめて、俺が悪いんだ!俺が理人を・・・っ』
必死に止めに入った真人を振り向いた母の形相は、鬼そのものだった。
『産むんじゃなかった・・・っ・・・こんな・・変態っ・・・!』
真人の頬を殴り飛ばして、母は崩れ落ちた。騒ぎを聞きつけた父は、泣き叫び崩れる母と、半裸の息子たちを見て、言葉を失った。
使用人の口から、良家の双子の子息のスキャンダルはあっという間に広まった。
病弱な母は、この一件で地方の別荘に移住することに決めた。
父は、真人をハワイに住む叔父のところへ、理人は母と暮らすように言い渡して、ヨーロッパへ戻った。
父に、金髪に青い瞳の青年の愛人がいることを息子たちが知ったのは、真人がハワイに旅立つその日だった。
真人が旅立ち、顔を合わせれば半狂乱になる母の別荘から、理人は一ヶ月も待たずに飛び出した。
そこから10年以上、真人と理人は連絡をとることも、顔を合わせることもなかった。
厳密には、連絡を取るのをやめようと、真人が理人に言った。
どんなに理人が泣いて嫌がっても、真人は首を縦には振らなかった。
〜〜〜~~~~~~~~
「もし俺があの時踏みとどまっていたら、今も俺と理人は仲のいい兄弟でいられたのかもしれない。だけど・・・」
真人は言葉に詰まった。テーブルの上で組んだ手が、小刻みに震えていた。慧は思い切って、その手に自分の両手を重ねた。
「慧・・・」
何も言えず、慧はただ真人の目を見つめ返した。真人は大きく息を吸い込んだ。
「・・・浅はかな幼い恋だと言われようと、俺は理人を愛してた。兄と弟に戻るのが嫌だったのは、本当は理人じゃなくて俺だった。でもそのまま一緒に居たら、理人の未来を潰してしまうのが見えたから、一切の連絡を絶った。時間が経って、もう大丈夫だと思っていた頃に、慧と出会って・・・理人と同じ職場だって聞いて・・・自分が保てなくなったよ」
真人は、今にも涙が滴り落ちそうな瞳で、慧を見た。慧は真人の手を強く握った。
「理人を捨てた罰が、当たったのかと思った。弟が受けた傷を今度は俺が追わされるんだと思ったら・・・何も考えられなくなって、一方的に別れを告げてしまった・・・」
真人は語尾を濁して、俯いた。肩にかかる髪が、ぱさりと顔に落ちた。
ゆっくりと上げた顔には涙はなかったが、慧に別れを告げたときのような、哀しげな微笑みが浮かんでいた。
「本当は、慧が理人を好きだったらっていうだけじゃなくて・・・自分がもし今理人に会ったら、俺は純粋に兄として接することが出来るのか・・・また昔のように溺れてしまうんじゃないか・・・それも怖かった。そんな俺に、誰かを好きになる権利はないと、思った」
「真人さん・・・」
小さな声で真人は、最低だよな、と呟いた。
慧は真人の手をぐっと引き寄せ、言った。
「今でも・・・理人さんを好きですか」
「・・・とても・・・大切に思ってるよ」
「じゃあ、俺、その次でもいいです」
「えっ・・・」
慧は、自分でも驚くほど明るい声を出した。
「理人さんの次でいいです。それでいいから・・・真人さんが好きです。理人さんを忘れられないまんまで構いません。そのかわり・・・」
明るい声と裏腹に、慧の目から、涙が溢れ出した。
「いつか俺を好きだと思う気持ちが、1ミリでも理人さんを越えたら・・・1番に昇格してください。・・・待ってますから」
「慧・・・っ」
「泣くつもりじゃ・・・なかったんですけど・・・すみません」
テーブルの上に、慧の涙が音を立てて落ちた。
真人は涙でびしょびしょの慧の顔を引き寄せた。
「こんなに傷つけても、慧は・・・俺を好きだと言ってくれるの?」
「俺だって・・・酷いことしました。真人さんをまっすぐ見れなかった・・・」
「・・・こんな俺が、慧のこれからの時間を、もらってもいいだろうか」
「はい。俺にも・・・真人さんの時間を、ください」
真人は慧に口づけた。慧の涙が二人の唇を濡らした。
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