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第一章【銀家】
トン、トン、トン、トン
西洋風の凝った装飾が施された扉は、叩けば軽快な音を立てた。扉が此方側に開くことを考えて数歩下がっ
た姉の椿に従って、柊希(しゅうき)も同じように退く。改めて見上げた屋敷は、豪邸とまではいかないがそれなりに大きく、至る所に扉と同じ西洋風の装飾が施されていた。暗い臙脂色の煉瓦を使用して建てられていて、落ち着いた雰囲気を醸し出している。後ろを振り返ると、ここに来るまでに通ってきた森が目に入った。あまり大きな森ではないが、屋敷を覆うようにして生い茂る木は屋敷を外界から切り離しているかのように見える。柊希がもう一度屋敷の方を見ると、椿は身なりを整えるように来ている制服をはたきだした。少し前方に立っているため、椿の表情を窺うことはできないが、きっといつも通りの無表情を浮かべているに違いない。
暫く扉の前で待っていると、ガチャン、という金属音をたてて扉が開いた。初対面での印象は、今後の運命を大きく左右することになるだろう。表情に滲み出る緊張を隠すことはできないが、柊希は姿勢を正して扉へと向き直った。
「わっ!」
「うわあっ……」
しかし、中から突然白い物体が現れ、柊希は思わず声を上げて飛び上がった。椿は柊希よりも近い場所で驚かされたにも拘らず、微動だにしていない。
「はっはっは、すまない、少しやりすぎた!」
開いた扉の向こうで全く悪びれる様子もなく愉快そうに笑う白い物体は、どうやら人間のようだった。肌も髪も、着ているスーツも真っ白で、長い前髪から覗く眼の淡い黄色だけが色を纏っている。とても整った顔立ちをしていて、まるで映画に出てくる俳優のような佇まいだ。少し中性的な印象もあり、着物を纏えば女性だと言われても信じてしまうかもしれない。柊希はその姿に、頭の片隅、奥深くの記憶が刺激されるような感覚を覚えた。思わず呆けている柊希の前で、椿は未だ笑っているその男に深く頭を下げた。柊希も慌ててそれに倣う。
「お初にお目にかかります。鬼弔(きちょう)椿と申します。此方は弟の鬼弔柊希です。本日からよろしくお願いいたします。」
椿が抑揚の一切ない声で言い切り顔を上げると、真っ白な男は柔らかな笑みを浮かべながら椿と柊希の方へ手を差し伸べた。
「おっと、そんなに畏まらないでくれ。これから家族になるんだからな。椿に柊希、ようこそ銀家へ。これからよろしく頼む。」
意図が分からず、二人が差し出された手と男の顔を見比べていると、男はさらに笑みを深めながら椿の手を取って握った。ぶんぶんと上下に振られる椿の手を呆然と眺めていると、今度は柊希の手を取って同じように振る。男のあたたかい体温がじわじわと手のひらに広がり、柊希は何とも言えない靄が胸に広がるのを感じた。
「さて、それじゃあとりあえず君たちの部屋まで案内しようか。」
男に促されて中に入ると、外装と同じく、洋館のような西洋風の内装が視界に広がった。玄関からつながる廊下には臙脂色のカーペットが敷かれていて、端々に異国の置物が飾られている。玄関のすぐ前に階段があり、ちょうど五段ほど上ったあたりで男が振り返った。
「あぁ、自己紹介がまだだったな。俺の名前は銀翔勇(しらがね しょうい)。君たちの母親の弟、つまり叔父にあたる者だ。」
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