第一話「桜吹雪 ーさくらふぶきー」

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「信じてくれるんですか?」 「えぇ。利を欲するなら、もっとましな嘘をつくものでしょ」 「あはは。まぁ……確かに、嘘臭いですよね。存在しない国から来て、しかもなぜか意思疎通はできてるなんて」 「不思議なこともあるものね」  彼女の声色と表情からは、(さげす)みはおろか、疑いすら感じない。口では不思議だと言いながら、現実の出来事という前提で話を進めている。 「……驚かないんですか?」 「驚いているわ。でも、私が知らなかっただけかもしれないし」 「いや、さすがにそれはないんじゃ……」 「ないとは言い切れないでしょう。目の前で起こった未知を頭ごなしに否定したところで、毒にも薬にもならないわ」 「…………」  一つだけ確かなことがある。  この人は、普通じゃない。なんというか……肝が()わっている。 「めっちゃカッコいい……っ」 「え?」 「あ、いえ! なんでもないです!!」  どうやら声に出してしまったらしい。変なものを見る目を向けられているものの、幸い彼女の耳には届かなかったようだ。 「にやけたかと思ったら、またおろおろして、反応するだけで忙しい奴ね」 「すみません……」 「別に謝る必要ないわよ。あんた、面白いし」 「面白い、ですか?」 「えぇ。道化師を見てるような気分」 「道化師……」 (多分、思ったことを素直に口にしてるんだろうな。この人……)  (しん)(らつ)なことを言われてるのに、負の感情が沸いてこないのはそのためだろう。 「そういえば、まだ名乗ってなかったわね」 「あぁ、確かに」 「私は(さくら)。あんたは?」 「(やま)()()(づき)です」 「やまねはづき? どう書くの?」 「えっと、山と根っこで『山根』、葉っぱと月で『葉月』です」 「変わってるわね。名前が二つもあるなんて」 「え?」  確かに、彼女は『桜』としか名乗っていない。  もしかして、この国には名字の概念がないのだろうか。漢字に似たような概念は、なんとなくありそうなんだけど……。 「……とりあえず、僕のことは『葉月』って呼んでください」 「葉月、ね」  彼女は立ち上がると、僕に背中を向け、あろうことか着物を脱ぎ出した。 「え、えっ……え!!」  慌てて目を背けた。  このまま死んでしまうのではないかと思うくらい、心臓が早鐘を打っている。 (どうしよう。ちょっと、見ちゃった。背中だけだけど……) 「あんたも絞っておいた方がいいわよ」 「いやいやいや!! さすがに女の子の前で脱ぐのはちょっと」 「……あんた、女の子じゃないの?」 「え? どう見ても男だと思いますけど」 「私には女の子にしか見えないわ」 「え……?」  頭が真っ白になった。  だって、そんなことはあり得ない。確かに、男子にしては細身で、顔色も悪いけど……女の子に間違えられたのは小さい頃だけだ。 (でも、言われてみると、声がいつもと違うような気が……) 「……あの、鏡とかありますか?」 「川を見た方が早いわよ」 「あ、そっか」  僕は振り返り、さっきまであっぷあっぷしてた川を(のぞ)き込んだ。 「…………可愛い」
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