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「信じてくれるんですか?」
「えぇ。利を欲するなら、もっとましな嘘をつくものでしょ」
「あはは。まぁ……確かに、嘘臭いですよね。存在しない国から来て、しかもなぜか意思疎通はできてるなんて」
「不思議なこともあるものね」
彼女の声色と表情からは、蔑みはおろか、疑いすら感じない。口では不思議だと言いながら、現実の出来事という前提で話を進めている。
「……驚かないんですか?」
「驚いているわ。でも、私が知らなかっただけかもしれないし」
「いや、さすがにそれはないんじゃ……」
「ないとは言い切れないでしょう。目の前で起こった未知を頭ごなしに否定したところで、毒にも薬にもならないわ」
「…………」
一つだけ確かなことがある。
この人は、普通じゃない。なんというか……肝が据わっている。
「めっちゃカッコいい……っ」
「え?」
「あ、いえ! なんでもないです!!」
どうやら声に出してしまったらしい。変なものを見る目を向けられているものの、幸い彼女の耳には届かなかったようだ。
「にやけたかと思ったら、またおろおろして、反応するだけで忙しい奴ね」
「すみません……」
「別に謝る必要ないわよ。あんた、面白いし」
「面白い、ですか?」
「えぇ。道化師を見てるような気分」
「道化師……」
(多分、思ったことを素直に口にしてるんだろうな。この人……)
辛辣なことを言われてるのに、負の感情が沸いてこないのはそのためだろう。
「そういえば、まだ名乗ってなかったわね」
「あぁ、確かに」
「私は桜。あんたは?」
「山根葉月です」
「やまねはづき? どう書くの?」
「えっと、山と根っこで『山根』、葉っぱと月で『葉月』です」
「変わってるわね。名前が二つもあるなんて」
「え?」
確かに、彼女は『桜』としか名乗っていない。
もしかして、この国には名字の概念がないのだろうか。漢字に似たような概念は、なんとなくありそうなんだけど……。
「……とりあえず、僕のことは『葉月』って呼んでください」
「葉月、ね」
彼女は立ち上がると、僕に背中を向け、あろうことか着物を脱ぎ出した。
「え、えっ……え!!」
慌てて目を背けた。
このまま死んでしまうのではないかと思うくらい、心臓が早鐘を打っている。
(どうしよう。ちょっと、見ちゃった。背中だけだけど……)
「あんたも絞っておいた方がいいわよ」
「いやいやいや!! さすがに女の子の前で脱ぐのはちょっと」
「……あんた、女の子じゃないの?」
「え? どう見ても男だと思いますけど」
「私には女の子にしか見えないわ」
「え……?」
頭が真っ白になった。
だって、そんなことはあり得ない。確かに、男子にしては細身で、顔色も悪いけど……女の子に間違えられたのは小さい頃だけだ。
(でも、言われてみると、声がいつもと違うような気が……)
「……あの、鏡とかありますか?」
「川を見た方が早いわよ」
「あ、そっか」
僕は振り返り、さっきまであっぷあっぷしてた川を覗き込んだ。
「…………可愛い」
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