第一話「桜吹雪 ーさくらふぶきー」

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 不意に、強い風が僕たちにぶつかってきた。  桜の木がまた、花を散らす。  まるで、場の空気を読むようなタイミングで。 「病気だったんです。生まれた時から、ずっと」 「…………そう」  彼女が(あい)(づち)を打った。態度を変えないのは、気遣ってくれているからだろう。 「なんか、すみません。暗い話で」 「暗くなんかないわよ」 「え?」 「笑顔を絶やさず、病気と闘って生き抜いたんでしょう? その人生を、自分で暗いと切り捨てるべきではないわ」 「……そう、思ってくれるんですか?」 「だってあんた、ずっと笑顔だもの」  桜の花びらが、彼女の前に落ちてくる。彼女が手を開き、花びらを受け止めた。  再び吹いた風が、手のひらの花びらを(さら)っていく。花びらを名残惜しむことなく、彼女はそっと手を閉じた。 「あんた、知らない世界に来たんでしょう? 分かっていたとはいえ、いつの間にか死んでいて、しかも別の人間になっていたなんて……」 「まぁ、正直、めっちゃ混乱してますけどね」 「だけど、それでもずっと笑顔だもの。そんなことは、笑顔を常に絶やさないからこそできるのよ。私には、とても真似できないわ」 「…………」  僕は、少し後ろめたいような気持ちになった。だって、笑顔を忘れないようにはしてきたけど、闘ってきたわけじゃない。    むしろ、ずっと逃げてきた。  家族や周囲の人たちが、自分が死んだ後も生き続けるという事実から。誰よりも先に死んでしまうという、残酷な事実から。  みんなに心配されたくない。心配されて、可哀想なんて思われたくない。  だから、僕は笑顔を絶やさなかった。  笑顔で誤魔化して、ずっと目を背けてきた。 「まぁ、あくまで私の主観でしかないけど」 「……作り笑顔でも、そう思いますか?」 「えぇ。作っていようがいまいが、生きるための手段でしかないもの。自分を見失わずに生き続けるためのね」 「手段……」 「あんたが生きていく上で、必要なものだったんでしょう?」 「…………」  僕は、自分の笑顔が嫌いだった。心からの笑顔じゃなかったから。笑顔で誤魔化さないと、自分を保てなかったから。  そんな弱くてズルい自分が、ずっと嫌いだった……はずだった。 (あぁ、なんだ……)  弱くもズルくもない。僕の作り笑いは、生きるための手段でしかなかったのか。  そうだ。誤魔化しても、逃げ続けても、絶望することなく生き続けた。  僕の笑顔は、虚しいものじゃなかったんだ。   「……ありがとうございます」 「礼ならさっき聞いたわ」 「いえ。その……今も」 「そう? まぁ、どういたしまして」  彼女が何を思って言ったのかは分からない。僕の心情なんて知る由もないだろうから、それほど深く考えた言葉ではないかもしれない。  でも、その何気ない言葉で全てが報われた。
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