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「さてと」
彼女が立ち上がり、桜の木へと歩み寄る。風呂敷に包まれた荷物を片手で持ちつつ、慣れた動作で籠を背負った。
「とりあえず、近くの町を案内するわ。といっても、薬草の処理があるから、実際に案内するのは明日になるけど」
「え、いいんですか!?」
「この世界は初めてなんでしょう? 知識がなかったら、生きる上で何かと不便よ。それに、寝食の場もないわけだし」
「ありがとうございます!!」
「その代わり、あんたにも手伝ってもらうけど」
「もちろん、なんでもしますよ!」
「ただ薬草を洗って干すだけよ。別に難しくないから力む必要はないわ」
「そうですか」
少し拍子抜けしたけど、安心した。役に立ちたいのは山々だけど、いきなりハードルが高いと緊張してしまう。
「じゃあ、行きましょう」
「あ、はい!」
凛然と歩き出した桜さんの背を慌てて追い、横に並んだ。ただ歩いているだけなのに、頼もしくて、力強くて――綺麗だ。
(誰かの横を歩くなんて、何年ぶりだろう)
他愛のないことなのかもしれない。
だけど、僕はそれが嬉しくて仕方なかった。
「あの……桜さんって、呼んでもいいですか?」
「もちろん。そのために名乗ったんだから」
「はは、ですよね……あ、その籠持ちますよ」
「別にいいわよ。重いし」
「だったらなおさらですよ! こんな見た目してるけど、女の子に重いものを持たせるわけにはいきませんから!」
「……そこまで言うなら」
桜さんが立ち止まり、するりと背中から籠を下ろす。僕も足を止め、差し出された籠を軽い気持ちで受け取った。
めちゃめちゃ重かった。秒で撃沈した。
桜さんは初めから予想していたのか、僕が撃沈した瞬間に顔色一つ変えずに籠を受け取り、何事もなかったかのように背中にひょいと担いだ。
「……すみません」
「気にしなくていいわよ。病気だったんでしょう? 非力なのも無理ないわ。その姿も、男にしては頼りないし」
「あはは……」
女の子より非力という事実に、情けない笑い声を上げるしかなかった。もしかしたら、病気とか関係なしに僕は軟弱なのかもしれない。
彼女が再び歩き出したので、僕も後に続いた。
「体も多少は鍛えた方が良さそうね」
「そうですね……」
「気を落とすことはないわ。よかったじゃない。やることが増えたんだから」
「それって、良いことなんでしょうか……?」
「良いことよ。生きるための目標がはっきりしてるんだから。人というのは、分からないことに不安を抱く生き物でしょう?」
「あぁ……」
思えば、今まで生きる目標なんてなかった。ただ漠然と生きているだけだった。
「あ、あの、せめてその風呂敷を」
桜さんが黙って風呂敷を差し出す。幸い、こっちは持ち歩ける重さだった。
「桜さんは、強いですね」
「別に。やれることをやっているだけよ」
「あ、いや、それだけじゃなくて。なんて言うのかな……」
僕は一呼吸置いて、言った。
「宝石みたいに綺麗で、太陽みたいに眩しい、強い目だなって」
「――――」
言葉を続けようとしたが、思わず止めてしまった。桜さんが、瞬きもせずにじっと見つめてきたのだ。目力があるので少し尻込みしてしまう。
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