第一話「桜吹雪 ーさくらふぶきー」

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「さてと」  彼女が立ち上がり、桜の木へと歩み寄る。風呂敷に包まれた荷物を片手で持ちつつ、慣れた動作で(かご)を背負った。 「とりあえず、近くの町を案内するわ。といっても、薬草の処理があるから、実際に案内するのは明日になるけど」 「え、いいんですか!?」 「この世界は初めてなんでしょう? 知識がなかったら、生きる上で何かと不便よ。それに、寝食の場もないわけだし」 「ありがとうございます!!」 「その代わり、あんたにも手伝ってもらうけど」 「もちろん、なんでもしますよ!」 「ただ薬草を洗って干すだけよ。別に難しくないから(りき)む必要はないわ」 「そうですか」  少し拍子抜けしたけど、安心した。役に立ちたいのは(やま)(やま)だけど、いきなりハードルが高いと緊張してしまう。 「じゃあ、行きましょう」 「あ、はい!」  凛然と歩き出した桜さんの背を慌てて追い、横に並んだ。ただ歩いているだけなのに、頼もしくて、力強くて――綺麗だ。 (誰かの横を歩くなんて、何年ぶりだろう)  他愛のないことなのかもしれない。  だけど、僕はそれが嬉しくて仕方なかった。 「あの……桜さんって、呼んでもいいですか?」 「もちろん。そのために名乗ったんだから」 「はは、ですよね……あ、その籠持ちますよ」 「別にいいわよ。重いし」 「だったらなおさらですよ! こんな見た目してるけど、女の子に重いものを持たせるわけにはいきませんから!」 「……そこまで言うなら」  桜さんが立ち止まり、するりと背中から籠を下ろす。僕も足を止め、差し出された籠を軽い気持ちで受け取った。  めちゃめちゃ重かった。秒で撃沈した。  桜さんは初めから予想していたのか、僕が撃沈した瞬間に顔色一つ変えずに籠を受け取り、何事もなかったかのように背中にひょいと(かつ)いだ。 「……すみません」 「気にしなくていいわよ。病気だったんでしょう? 非力なのも無理ないわ。その姿も、男にしては頼りないし」 「あはは……」  女の子より非力という事実に、情けない笑い声を上げるしかなかった。もしかしたら、病気とか関係なしに僕は軟弱なのかもしれない。  彼女が再び歩き出したので、僕も後に続いた。 「体も多少は鍛えた方が良さそうね」 「そうですね……」 「気を落とすことはないわ。よかったじゃない。やることが増えたんだから」 「それって、良いことなんでしょうか……?」 「良いことよ。生きるための目標がはっきりしてるんだから。人というのは、分からないことに不安を抱く生き物でしょう?」 「あぁ……」  思えば、今まで生きる目標なんてなかった。ただ漠然と生きているだけだった。 「あ、あの、せめてその風呂敷を」  桜さんが黙って風呂敷を差し出す。幸い、こっちは持ち歩ける重さだった。 「桜さんは、強いですね」 「別に。やれることをやっているだけよ」 「あ、いや、それだけじゃなくて。なんて言うのかな……」  僕は一呼吸置いて、言った。 「宝石みたいに綺麗で、太陽みたいに(まぶ)しい、強い目だなって」 「――――」  言葉を続けようとしたが、思わず止めてしまった。桜さんが、瞬きもせずにじっと見つめてきたのだ。目力があるので少し尻込みしてしまう。
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