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「桜さん?」
何か変なことを言ってしまったのだろうか。
というか、もしかしたら僕はさっきから変なことばかり言っているのかもしれない。思えば、妹以外の女の子と二人きりで話すなんて初めてだ。
頭の中で軽くパニックを起こしていると、桜さんが「あぁ」と声を上げた。強烈な視線は、そこにはもうなかった。
「ごめん、なんでもないわ。ちょっと……昔のことを思い出しただけ」
そう言って、彼女は笑った。
「…………」
「ほら。突っ立ってないで、さっさと行くわよ」
「あ、はい!」
桜さんが投げかけた一言で、自分が足を止めていたことに気付いた。
慌てて駆け寄る僕とは対照的に、桜さんの歩調には一寸の乱れもない。歩いている姿もごく自然に綺麗なのは、芯の強さの表れだろう。
ほのかに、風が吹いた。
ふと振り返って、気が付いた。
先ほどから吹いている風のせいだろうか。桜の花がかなり散ってしまっていた。よく見ると、小さな若葉が所々にできている。
(葉桜だ……)
小さい頃、桜は儚い花ではないと母に教わったことがある。
花が散った後には若葉が芽生えて、季節の移り変わりと共に葉を落としてもなお、次の春には、再び花を咲かせるのだからと。
花が散って、終わりじゃない。
葉桜となって生き続け、また咲くのだと。
(生きるための目標か……)
僕は、桜さんの何気ない言葉で救われた。
だから、僕は桜さんの傍にいたい。一緒に笑ったり、泣いたりしたい。
桜さんが、独りぼっちにならないように。
(……余計なお世話かな)
だけど、どうしても頭から離れないのだ。
昔のことを思い出しただけ。そう口にしながら笑った彼女の顔が。
ほんの一瞬だけ垣間見た、切ない笑顔が。
考え過ぎなのかもしれない。
だけど実際、僕はずっと、病気による恐怖や不安を隠して笑い続けた。
もし彼女も、凛とした強さで、何かを押し殺しているのだとしたら……それはきっと、死にたくなるくらいに辛い。
(まぁ、僕には何もできないんだけど……)
周りの人間にできることなんて、精々傍にいてあげることだけだ。
それでも、誰もいないよりはずっと良いはずだ。僕だって、家族が傍にいてくれたからこそ、笑い続けていられたんだから。
独りぼっちだったら、僕はきっと、作り笑いすらできなかっただろう。
僕の笑顔を肯定してくれた人に、そんな風になってほしくない。
独りぼっちにだけは、なってほしくない。
だから僕は、桜さんの傍にいよう。
傍にいて、ずっと笑っていよう。彼女が肯定してくれたこの笑顔で。さながら、彼女が面白いと言ってくれた道化師のように。
もう、あんな寂しい笑顔をせずに済むように。
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